大阪ひとり旅、10月30日(日曜日)
朝から厚い雲が垂れ込め、いまにも雨が降りだしそう。
でも、お天気には関係なく朝ゴハン。
一回目。
二回目。
その他、オムレツとソーセージも食べました。
紅茶で〆て、大食い女子の出来上がり
お腹いっぱいで向かった先は、大阪城。
歴女にはやっぱり気になるところ。
1時間ほど前に、大阪マラソン2011がスタートしたばかり。
公園内のあちこちに、その興奮を伝える名残がいっぱい。
歩いて、歩いて。
ようやく見えてきた大阪城。
子供の頃何度も来ていて、写真もたくさん残っているのに、記憶にはなにもない。
おおー、お城、いいわー、と、ちょっと鼻息を荒くしつつ、城内へ。
天守閣展望台からのしゃちほこ。
天守閣からの眺め。
遠くに、走っているランナーが見えました。
慌しく、城内の展示を見て、梅田に戻り、阪急電車へ。
このあたりから、少し緊張していた。
電車が駅を通過するたび、駅名をどんどん思い出し、
まるで阪急電車が、過去をさかのぼるタイムマシンのように思えた。
心の整理がつかないまま、どんどん電車が進んでいき、少し胸が苦しい。
そして着いた先は、「豊中駅」
0歳から9歳までを過ごした町。
改札を抜けたら、もしかしたら、小さなわたしに会えるかもしれない、そんな気がした。
ら。
改札抜けても、どっちへ進めばいいのか、さっぱりわからない。
プリントアウトしてきた地図をどう見ても、いまいる場所さえわからず、半べそ状態に。
おおい、小さなわたしはどこなんだよー
ビルにさえぎられて見えなかった、駅前の母校を見つけ、ようやく記憶といま見ている景色が一致し、
何も変わらない風景に、胸がいっぱいになり、涙があふれた。
夏の盛りに、朝顔の鉢を抱え、果てしなく長いと思った坂の勾配は、
39歳のわたしには、ほんのわずかだった。
青信号のうちに渡りきれるだろうかと、いつも緊張して走ったスクランブル交差点は、本当に小さかった。
建物こそ新しくなっていたものの、初めておつかいに行ったスーパーの名前は、変わっていなかった。
わたしはこんなに大きくなっちゃったのに。
どうしてこんなに変わっていないんだろう。
待ってたよ、と言ってもらえたような気がして、後から後から涙が出た。
忘れていたことがあふれるように次から次へよみがえり、涙が止まらない。
そして、いちばん大事なことを思い出した。
あれからいろんなことがあったけれど、
この町で過ごしたわたしは、幸せだった。
この神社のなかの幼稚園に通い、このなかを通学路にし、放課後はここで遊んだ。
今度こそ本当に、小さなわたしに会えたような気がした。
TC療法が始まる前日に、ここに来れたことは、なにか意味があったような気がしてならない。
わたしの人生は、ここから始まり、そしてこの先もまだまだ続くのだ。
そんな気がした。
大阪、いい街だった。
また行きたーい
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