大震災の余震が続く中、長女は大変ありがたいことに希望の学校に4月から通い始めた!!住居学を学びたいとのことで沢山の学校を見学して決めたようだが町田市にあるようで約2時間かかる。6時半には家を出て行く!!


そんな子供の生活に合わせて私も6時半に家をでて職場で早めに仕事をすることに決めた!!早く出て仕事をするのはなかなか気持ちの良いものである。ついでに職場のトイレ掃除も行って毎日気持ちよく仕事ができる気がする!!

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今日、NHKで放映されていたが!!目!!埼玉県加須市の廃校になった高校の体育館に避難されている人のために地元の高校生達が一生懸命に肩もみのサービスをしていた!!年輩の方々は高校生の熱心なサービスに涙を流しながら喜んでいた!!感動的であった。皆がそれぞれの立場で、今自分にできることを行う、これが今願われていることと思った!!


また音楽家達が避難先の体育館を回りバイオリンの演奏をしていた!!これもすばらしく感動的だった!!


ちなみに私の家族は献血と、10キロのお米とホッカイロ40個を

届けてきた!!


  被災者の方々頑張ろう!!


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高濃度汚染水、海へ流出確認


201142()142分配信 

 福島第1原発事故で東京電力は2日、2号機の取水口付近にある作業用の穴(ピット)に水がたまり、周囲を固めたコンクリート壁に生じた亀裂を通じて海に流出しているのを確認したと発表した。放射線量はピット内の水の表面付近で毎時千ミリシーベルト以上、地表の高さでも同400ミリシーベルトと高い値だった。海への汚染水流出を直接確認したのは初めて。


               これからどうなるのだろう!!



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此処より下に家建てるな…先人の石碑、集落救う!!

2011年3月30日(水)7時22分配信 


過去の津波で壊滅的被害を受けた姉吉地区にある石碑(27日、岩手県宮古市で)=菊政哲也撮影

 「此処(ここ)より下に家を建てるな」!!


 東日本巨大地震で沿岸部が津波にのみこまれた岩手県宮古市にあって、重茂半島東端の姉吉地区(12世帯約40人)では全ての家屋が被害を免れた。1933年の昭和三陸大津波の後、海抜約60メートルの場所に建てられた石碑の警告を守り、坂の上で暮らしてきた住民たちは、改めて先人の教えに感謝していた

 「高き住居は児孫(じそん)和楽(わらく) (おも)へ惨禍の大津浪(おおつなみ)

 本州最東端のとどが崎灯台から南西約2キロ、姉吉漁港から延びる急坂に立つ石碑に刻まれた言葉だ。結びで「此処より――」と戒めている。

 地区は1896年の明治、1933年の昭和と2度の三陸大津波に襲われ、生存者がそれぞれ2人と4人という壊滅的な被害を受けた。昭和大津波の直後、住民らが石碑を建立。その後は全ての住民が石碑より高い場所で暮らすようになった!!




 地震の起きた11日、港にいた住民たちは大津波警報が発令されると、高台にある家を目指して、曲がりくねった約800メートルの坂道を駆け上がった。巨大な波が濁流となり、漁船もろとも押し寄せてきたが、その勢いは石碑の約50メートル手前で止まった。地区自治会長の木村民茂さん(65)「幼いころから『石碑の教えを破るな』と言い聞かされてきた。先人の教訓のおかげで集落は生き残った」と話す!!
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 お客様から聞いた話ですが、被災地にいる知り合いの方のとなりの方が、今回家族6人のうち小学生の女の子一人残して皆なくなったそうである!!あまりにも悲惨な現実にその方はその女の子を自分の子供として育てることにしたそうであるドキドキ。遠い親戚よりも近所の他人のほうが子供にとっても良いのかも知れない!!その子には強く生きてほしい思うだけである!!面倒を見る方にはありがとうござますとしか言えない!!大変複雑な、なんともつらい話である!!



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昨日、高校野球が始まった、選手宣誓は素晴らしく希望と勇気を与える感動的なものであった!!



宣誓全文 


宣誓。私たちは16年前、阪神大震災の年に生まれました。いま、東日本大震災で多くの尊い命が奪われ、私たちの心は悲しみでいっぱいです。被災地ではすべての方々が一丸となり、仲間とともに頑張っておられます。人は仲間に支えられ、大きな困難を乗りきることができると信じています。私たちに今できること。それはこの大会を精いっぱい元気を出して戦うことです。「がんばろう!日本」。生かされている命に感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います。


本当に素晴らしいものである


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 今日、夕方、戸田市、川口市方面を通ってきたが停電で真っ暗の中、信号機も消えていて恐いほどであった!!叫び特に黒い姿の人は雨の中だと余計見えなくて大変危険であった!!ドクロ皆で節電して夜は停電にならないようにしたいものである!!

 

 ところで節電を呼びかけている中でプロ野球はどうして沢山の電気を使って試合をやるのだろう。オーナーの方は停電になった街並みを歩いてみたら良いと思う!! 非常識と批判がでているのは当然である。




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  昨日は、仕事の帰りに渋谷で献血をして来ました!!

先日の連休は若い人達が献血に沢山来たそうです!!震災等で献血が足りなくなっていて何かお役に立てれば、そう思って皆さん来てくれたとのことでした。皆の熱い思いが復興の役に立てばと思います!!自分も話を聞いてうれしくなりましたドキドキ

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あちこちの市町村が被災地の方の受け入れ態勢を始めた!!群馬県の片品村ではたった5000人の村が900人の方の収容を始めた!!素晴らしいことである!!旅館やペンションなどの場所を提供するらしい、感動である!! 話を聞いただけでも涙が出てきた!!


 また埼玉のスーパーアリーナでは5000人の受け入れ態勢を取ったそうである!!

(片品村に避難者900人到着)

 地震や福島第一原子力発電所の事故を受けて、片品村の宿泊施設には、福島県南相馬市の住民およそ900人が避難していて、19日は部屋でくつろいだり買い物をしたりして過ごしました。
 福島県と隣接する片品村では、今回の地震や福島第一原発の事故を受けて福島県南相馬市から避難してきた住民あわせておよそ900人を18日夜から村内の民宿や旅館などで受け入れています。
 到着から一夜明けて、南相馬市の住民たちは部屋で横になって体を休めたり、談笑したりしていました。
 また、衣類や日用品などが不足していることから旅館やホテルなどが用意したバスで買い物に出かける人もいました。
 避難してきた60代の男性は「着の身着のままで来ました。避難所ではお風呂にも入れなかったので一安心しています」と話し、笑顔を見せていました。
 60代の女性は「笑顔で迎え入れてくれて感謝しています。温かい食事を出してくれて本当にありがたかったです」と話していました。

03月20日 00時52分




★それなのに、何やってんだ!!プロ野球はたくさんの電気を使って野球をやるらしい叫び!!

いい加減にしてほしい!!どう考えても自分達の事だけだ叫び

 八百長相撲の噂のお相撲さんたちこんな時こそ名誉挽回で何かやったらどうだろう?



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 地震から一週間が過ぎました!!被災地は本当に大変な状況です!!先日、ボランテイア団体を通してお米10㌔とホッカイロ40個ほどを届けてきました。少しでもお役にたてばと思い家内が届けました!?


 30万人とも40万人ともいわれていますが、避難されている方の健康状態も心配です!!


 今回、被災地に行かれた自衛隊の皆さんも頑張って下さっています。おにぎり一個で、一日頑張っているとのこと!!頭が下がります。


 仙谷前官房長官が自衛隊は暴力装置と言われたが、とんでもないことだ!!叫び叫び!!

 

 何万人もの自衛隊の方々さらに予備自衛官の方までも今回初めて招集された。まずはしっかりと謝り自衛隊の方々の総動員をお願いするべきかもしれない!!!!!!自衛隊の方々よろしくお願いいたします!!!!




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