古墳んぽ~古墳と野の草を観察しながら散歩

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あの山の上まで行きます。

 

 

 

 

四御神憩いの場所


車塚古墳の由来(古墳はこの看板の裏山の頂上にあります)
この古墳は、刀剣などと共に「三角縁神獣鏡」等が12種13面(東京国立博物館蔵)出土して、人々を驚かせたのであるが、特に次の3つの点で県は勿論、日本の重要な文化財とされている。
1、この古墳は、弥生時代の首長の墓が、楯築遺跡のように一族の墓と同じところに作られているのに対し、自分の支配する地域を見渡せる山の上に墓がつくられており、クニの発生を物語っている。
2、その墓の形は、全長48.3m、竪穴式石室をもつ(横に穴が開いているのは盗掘の跡)前方後円墳で、奈良の箸墓古墳と同じく前が「ばち」型に開き、初期古墳(4世紀初め)の特徴を示している。(岡山市史古代)
3、此処から出土した三角縁神獣鏡と同じような鏡が、畿内の椿井大塚山古墳、その他各地の古墳からも大量に発見されており、卑弥呼が魏の皇帝からもらった鏡100枚を大和の政権が地方の豪族と友好関係を結ぶために各地に分け与えたのではないかとされ、ここ車塚古墳出土の鏡もそれに当たると考えられる。
(備考)奈良で最も古いと言われている箸墓古墳には吉備の特殊器台埴輪が発見されており、三角縁神獣鏡とあわせて、大和と吉備の関係の親密さを物語っている。この古墳が出来た頃、古事記にいう「言向け和す」、即ち話し合いで大和と吉備の結びつきが出来たと見ることができよう。


竜之口学区連合町内会

 

 

 

 

 

 

ここから進みます。

 

 

 

 

 

こんな斜面を上ります。

 

雨じゃ絶対上れなかったなあ。帰りは怖いぞーアセアセ

 

 

 

 

 

こんな道を進みます。

 

体は、自然と崖の反対側の山の方に傾きますアセアセ

 

 

 

 

 

 

1枚目の写真で見えた鉄塔です。この先の階段をさらに上ります。

 

 

木が茂っているので、どこまで上ればいいのか見当がつかないのが不安です。

 

 

 

 

 

やっと解説板が見えましたー笑い泣き笑い泣き笑い泣き

 

途中3回ほど休みましたが、がんばった自分をほめたい照れ

 

 

 

 

 

備前車塚古墳

墳長48.3mの前方後方墳

 

後方部:長23m・高3 m、前方部長21.8m

 

二段築成

 

前方部が三味線のバチ形に開く最古形式の前方後方墳

 

葺石

 

埴輪は用いられていない

 

 

 

 

 

 

葺石がたくさん残っていますね。

 

 

 

 

 

 

この辺りがくびれかなあ。

 

 

 

 

 

 

南西?から前方部

 

 

 

 

 

 

 

古墳の北側へ。

 

 

 

 

 

後円部を見上げて

 

 

 

 

 

 

南側から後円部

 

 

 

 

 

 

 

後円部

内部主体は竪穴式石室

長さ5.9 m、幅1.2 m、高さ約1.5 m

三角縁神獣鏡11・内行花文鏡1・画文帯神獣鏡1・鉄刀などの鉄器など


本墳はそれほど大きな古墳でないにもかかわらず、豊富な副葬品があることからも、かなり勢力をもった首長の墓である

 

 

 

 

 

 

 

 

後円部から北側

 

 

写真左の白っぽい幹の後ろに解説板が見えます。こちら側から上ってきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

墳丘を下ります。

 

 

 

 

 

 

くびれ部から前方部の南側

 

 

 


 

くびれ部はここだ!と、ご満悦の二人(笑)