この世界のどこにもいない(序章)「恥の
「恥の多い生涯を送ってきました」
太宰治の『人間失格』の冒頭を初めて
読んだとき、
ああ、これだ--と思った。
自分の半生は、明確な不幸に彩られていたわけではない。
だからこそ、なおさら苦しかったのかもしれない。
“まとも”で、“普通”で、“ちゃんとしていた”その仮面の奥に、
どうしようもない空虚がずっと横たわっていた。
私は、この世界のどこにもいなかった。
どこにいても、そこに“ちゃんといる”感じがしなかった。
友達といても、恋人といても、家族といても、
そのどこにも、“自分”はいなかった。
それはいつからだったのだろう。
物心がついたときには、もう心は半分ほど浮かんでいた。
学校でみんなと遊んで、笑って、バスケをして、
大声で走っていたあの時ですら、
心は、遠くの窓の外を眺めていた気がする。
「普通にできる」のが、自分の才能だった。
でも「普通に感じられる」ことが、ずっとできなかった。
両親は、よく喧嘩をしていた。
怒鳴り声や物音が響く夜、
僕はよく息を潜めて布団に潜り込んだ。
母の疲れた背中、父の消えた背中、
どちらも僕の中に、安心をくれることはなかった。
それでも、人には言わなかった。
「うちは普通だよ」と笑った。
強がりでもなんでもない。
ただ、“そのようにふるまう自分”が、いつしか自分そのものになっていた。
周りには「金持ち」と言われた。
小遣いも多くて、お菓子も買えたし、ゲームも手に入った。
でも家は崩れていた。
父の仕事が失敗し、生活は傾いていた。
でも僕は、外から見れば“羨ましい存在”だった。
表と裏の食い違い。
そういうものを子どもながらに抱えていると、
“本当の自分”がどこにいるのか、だんだん分からなくなってくる。
それは、大人になった今でも、同じだ。