Hey! You guys!!
吉田 昌善ですニヤリ

過ぎましては、明けましておめでとうございますNEW
不定期とはいえ、更新しなさ過ぎてしまいました。

さて、私は今、一度仕事を辞めてノホホンと暮らしております。
そんな時間のある中、自分で色々とここイギリスにて考えてました。
哲学モドキのようなものです。
その考えたものの1つに優しさとは何なのだろうか?なる事についてです(笑)

厳しい人は優しいものだ。と言うことは割と世間に知れ渡っています。
しかし、こういう言葉はしっかり納得しないと厳しい人や怖い人からの言い訳のようにしか聞こえないものです。

よく恋愛においても最近の特に女性が言いますが、優しくわがままを受け入れてくれる人、なんでもいうことを聞いてくれる人と言う方が割といることに気がつきました。

果たして、それは優しさなのだろうか?と言うのが考え始めた入口でした。

全てのわがまま又は何をしても怒らないと言うのが優しさがどうかと言ったら、きっぱりNO!ですプンプン
何故ならば、優しさを認識できないからです。
もし世界が常に優しい世界だったならば、それは普通であり、平均であり、優しいとは言えないどころか、その世界に優しいと言う言葉さえないでしょう。

この世に「悪は無くて、正義しかない」「女はいなくて、男しかいない」「スッポンがいなくて、月しかない」「厳しさが無くて、優しさしかない」さて、どうなるでしょう?

その世には「悪と善」という言葉も「女と男」という言葉も「月とスッポン」という言葉も「厳しさと優しさ」という言葉もその概念も無いでしょう。


故に、我々は何故優しいと感じるのかと言うと逆の厳しさ・怖さを感じるから優しさを認識できるのです。


天があるから地があり、悪があるから善があり、男がいるから女があり、厳しさがあるから優しさがあると考えるのです。

ここまで考えて、初めて「厳しい人は優しい」という世間に知れ渡っているこの言葉に完全に納得しました口笛口笛口笛

暇が極まるとこんな事を考えてしまいますガーン



さて、少し話が変わって優しいんだけど変な厳しさを持っているなぁ〜と言う体験は割と皆さん多いと思います。

私はイギリスにおいて、様々な人種の方と仲良くなりましたが、特に私がお世話になったのがムスリムの人達です。
そうイスラム教徒の皆さんです。

イギリスに来た頃にはいつものように「これ食べな」「あれ食べな」持って行きな」「いつでも来なさい」「店長には内緒でこれ食べてしまえ」「パブに行こう」ととてもよくしてもらいました。

こんな優しいイスラム教徒の人達は日本人の我々には理解できない変な厳しさや偏見があります。
それは圧倒的な反同性愛男尊女卑です。

同性愛についてはイスラム圏の国では同性愛者は罪に問われ、死刑を執行してる国もたくさんありまして、かつてのルームメイトで、ゲイのモロッコ人は墓までこのことを持って行く覚悟でした。

男尊女卑では、男同士は優しいのですが、元バイト先の女の子や副店長には無愛想で一言二言で会話も終わりで、副店長が何かしらの注意をしても上の空なのです。

厳しさもこんな形が世界にはあるのだなぁと思いました。

今回はとても変な記事になりました(笑)



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