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思考の学校認定講師 新木ちなみのブログ

思考の学校講認定講師になりました。講師活動をしながらみなさまと一緒に安心安全な世界をつくっていきたいです。

大変ご無沙汰しております💦

 

思考の学校 認定講師の新木ちなみです(;^ω^)

 

 

前回のブログからなんと4か月近く空いてしまいました…💦

 

この間に、新年度が始まり、仕事もやることが増え、娘は小学2年生に進級し、

目まぐるしい日々に追われていました。

 

日々のタスクに追われ、思考から少し離れてしまいそうになってましたが

そうなると元々の私の思考の癖が幅を利かせてしまい…💦

 

娘の非常にめんどくさい性格が目立つようになっておりました。。。

 

娘はいわゆる「繊細ちゃん」で、(もちろんいいところもたくさんあるのですが)

とってもこだわりが強くて

刺激に弱くて

甘えん坊で

恥ずかしがりやで

完璧主義で。

 

しかも「癇癪持ち」。

 

自分の思うようにいかないこだわりポイントが刺激されると

もう手が付けられないくらい大騒ぎ。しかもしつこい。

 

この性格のおかげで、

毎日の宿題に非常に時間と労力を奪われてしまい、

そりゃあもう、本当にストレスでした。。。

 

こんなに嫌なことが現実として、しかも一番近い子供に現れるってことは、

私の中の「見直した方がいいよ」っていう思考が大量に溜まっているに違いありません。

ドアを少々ノックしたくらいじゃ気づかないので

思いっきりガツンと頭叩かれた感じがしました💦

 

 

そこで、一から思考を見直すことに取り組みました。

 

子どもって、6歳のころの私をそのまんま見せてくれる存在。

そして、子どもと私の関係は、「子どもの頃の私」と「母親」との関係をそのままスライドしたものなんですよね。

 

子どもに対して思うことは、

つまり、私が母にそういう思いをさせていた(=母がそう思っていた)ってこと。

 

 

娘に対して言いたいことは、

束縛するな

自分のことは自分でやれ

人に決めさせるな、自分で考えろ

もっと自立しなさい

 

 

 

お母さんも私に対してこう思っていたんだな。

お母さん、ストレス溜まってただろうな…

 

 

それなのに、私は

お母さんが一緒に居てくれなかったから!

お母さんが手伝ってくれなかったから!

お母さんが働いて外に行ってしまってたから!

こうなったのはお母さんのせいだって怒ってました。

 

 

私は末っ子なので、生まれた時には2歳上のデキる姉がすでにライバルとして存在していたのですが、

姉やそのほかの家族に馬鹿にされるのが

ほんっとーーーーに嫌だったんです。

 

よくよく考えると、たぶん誰も馬鹿にはしていなかったのかもしれませんが、

威張りん坊で、プライドの高い私は、

姉よりできないことがどうしてもイヤで、

「馬鹿にされた!」ってめちゃくちゃ怒ってたような気がします。

 

そして、どうにか姉に勝てる手段や姉を蹴落とす方法を姑息に考えていた・・・

 

人を見下したり蹴落とそうとしてたんですから

人から見下されるような世界を作ってしまって

そりゃ怖いし人生苦しくなる訳だ・・・💦

 

 

家の中では超威張りん坊なのに、外に出ると自分の意見もまともに言えない怖がりの私。

これを、娘はまんま見せてくれていました。。。

 

娘は特に漢字ドリルをお手本通りに書けないことに腹を立て

〇〇ちゃんは字がきれいなのに私はきれいに書けない!って癇癪おこすことが日常茶飯事でした。

(お手本通りに書けないと馬鹿にされるような、自尊心を傷つけられるような気がするのでしょう…)

 

 

あと、私が最近忙しくて時間がなかったのは、娘が一緒に居てほしいと言ってくるから。

休みの日は、自分の時間がなくて、ほとんど娘の相手をしてました。

私も一緒にいてあげないといけないような気がしてました。

 

これって、「6歳の頃の私」が、お母さんに一緒に居てほしかった、その思いがとっても大きかったから。

 

でも、一緒に居るだけが愛ではないですよね。

 

 

 

思考の学校では「子どもは放っておいてよい」っていつも言われます。

 

子育ては、子どもに構わなくなることだそうです。

 

 

子どもは、構わなくても、自分で自分の人生を切り開いていける。

失敗して痛い目を見て学ぶことではじめて自分で考えることができるようになるんですよね。

 

私はかなり先回りして、娘が嫌な思いをしないようにってやりすぎてました。

失敗する経験がないと、結局将来困るのは娘本人だし、

自分で何も決められない大人になってしまう。

 

 

ここがやっと腑に落ちました。

 

ということで、娘は放っておいてよい!

たくさん経験を積むことで、たくましい娘に育つ!

 

私は失敗する道を邪魔しないと決めました。

 

 

そして、私は私の人生に集中します。

私が自分が夢中になれることを見つけて、自分の人生を生きることで

 

娘も自分が夢中になれることを見つけていける。

 

周りの人=私  娘=私  なんですよね。

 

 

みなさまも、ご自身の夢中になれることを見つけて、

ご自身の人生を生きられますように。

 

 

ジャッジにエネルギーを使うのではなく

ご自身の人生に集中できますように。

 

 

今日も読んでいただいてありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは。

 

 

思考の学校 認定講師の新木ちなみです(^^)/

 

 

昨日、今日と珍しく平日仕事が休みで、

昨日は大掃除できていなかったところを掃除して、

ずごーーくすっきりしました。

 

とくに、排水溝や引き出しの中など、普段見えないところを掃除するっていうのは

思考的にみると、潜在意識の見えないところをしっかり見ていくことになるので。

 

念入りにお掃除してきれいにした後は、本当に心の中もスッキリした感じがしました!

 

 

 

あと、忙しいというのを言い訳に、最近書き出しがかなり疎かになっておりまして。。。

でも書き出しの大切さは本当に身に沁みているので、

今日からまた書き出しをコツコツやって行こうと思います✨

 

 

 

そして、昨日のブログを書いた後に

私は裕福に見られたいのか~と改めて気づいたのですが・・・

 

 

 

そもそも、私は、なんで裕福に見られたいかっていうと、

人から「どう見られているか」が、ものずごーーーく気になるからなんだ!!

ということに気づきました💦

 

 

お金を持っているかどうかというより、

それに付随する、

お金持ち=良いこと、価値がある、能力がある、

貧乏=悪いこと、馬鹿にされる、能力がない

このような価値基準があったのかもしれません・・・💦

 

 

お金があるに越したことはないけれど、

本当は、お金がある、ないで、人間の価値は変わらない。

誤った価値基準があったことに改めて気づきました。

 

お金がなくたって、今からできる仕事をやって稼げばよいし、

そんなことで馬鹿にする人なんていない。

 

なのに「お金がないと馬鹿にされるのではないか」という不安があった・・・

 

 

私がお金を基準に人をジャッジしていたから。

 

だから人からジャッジされるような気がして、不安になってしまう!

 

 

ジャッジってね~、本当に、「癖」なんですよ。。。

 

ジャッジって言われると、わかりづらいかもしれませんが、

要するに、自分や誰かと比べて、評価したり、優劣や、上か下かを判断したり、採点したりすることなんです。

 

これ、やりすぎると本当に生きづらくなる。

 

 

私の場合はお金が基準になってましたが、

人によってこれが、外見だったり、能力だったり、性別だったり、住んでいる地域だったり職業だったり・・・

ジャッジのテーマとなる基準があって、その基準でジャッジすることが生きづらさをつくっているんですよね。

 

 

どんな人も、ありのまま、そのままで価値がある、愛される存在なのです。

 

なのに、自分で苦しみを作ってしまう・・・💦

何も心配したり苦しんだりする必要はないのに。

 

 

 

思考の勉強をして、頭では理屈が理解できても

本当の意味で腑に落ちるところまでわかるって、とっても時間がかかるものなんです。

 

そして、一回腑に落ちたら終わりではなく、

玉ねぎの薄皮を剥ぐように、

 

さらに深く腑に落ちる出来事があって、

何度もそれを繰り返して、

時間をかけて本当の意味で理解して、「自分ごと」になって行くんですよね。。。

 

 

 

そして、自分の「現実」をよく観察すると

どのくらい理解できて実践できているのか、がわかってくるのです。

 

 

潜在意識は見えないけれど、潜在意識が「現実」を作っているので

「現実」をよく観察して

変えたい現実があるのなら、

 

 

自分の「思考」を変える。

 

 

自分の現実を変えるのは自分しかいない

自分の外側の誰も、この現実を変えることはできない

 

なぜなら、自分の外側のすべては「自分が作ったもの」だから。

 

 

 

今日も読んでいただいてありがとうございます。

みなさまが安心安全でいきいきと生きられることに感謝します✨(予祝)

 

 

 

 

 

 

こんにちは。

 

 

思考の学校 認定講師の新木ちなみです(^^♪

 

 

突然ですが、みなさまは、

 

人から何て言われたら嬉しいですか?

何て言われたら、思わずニンマリしてしまいますか?

 

 

思考の学校で、「鏡のワーク」というものがあり、

毎日、一日何度でも、鏡を見るたびに、鏡の中の自分に向かって、

自分が「言われたい」言葉を言い続けると、

いずれ本当に人からその「言われたい」言葉を言われる、というものです。

 

 

女性なら、「綺麗だね」「可愛いね」「大好きだよ」とか?

男性なら、「かっこいいですね」「尊敬します」「優秀ですね」とかですかね?

 

あと、仕事系なら「あなたみたいな人を探していました」「あなたと一緒に仕事したいです」とか?

 

恋愛系なら「めっちゃタイプです!」とか笑

 

何も思い浮かばなければ、基本は「大好きだよ」「大丈夫だよ」がよいみたいですが

 

私はなんだかどれもピンとくるものがなくて

 

私って、何て言われたら嬉しいんだろう・・・って自分でわからなくて困ってました・・・笑

 

 

で、今日、閃いたのが、

 

「お金持ちそうですね」「裕福そうですね」

 

 

 

・・・これってどうなんだろう、と思いますが笑

しばらく続けてみようと思います。

(最低でも14日間は続けた方がよいそう)

 

 

しかし、私、お金持ちに見られたいんだな~・・・💦笑

これって、私が日常的に人を「お金持ちかどうか」という目でジャッジしているからなんだろうなって思います。

 

つまり、お金持ちじゃない人を内心見下している気持ちがあるのかもしれないです💦

なので、私も人からそういう目で見下される気がする・・・という理屈。

 

 

「見下し」って、ちょっとびっくりしてしまう言葉だと思いますが

 

誰の中にも、この「見下し」の思考って気づいていないだけで少なからずあるのです。

 

ゆき先生は、「見下し」をやめたら人生がかなり好転すると言われます。

特にお金で困っている人は早急にこの「見下し」の思考をやめることをお勧めされています。

 

 

本当は、誰しも愛で満たされている存在なのであって

お金=愛

 

お金は愛が形を変えたものだし、(この辺は思考の学校の体験講座の「お金編」を受講されると詳しく解説が聞けます)

 

 

私が目にする人は、私の思考が現実化したものなので

それと自分を比較すること自体が無意味なのですが💦

 

私の中の「不足感」に気づいて

本当はすべて愛で満たされていることを何度も自分自身に教えていきます。

 

 

私の子ども心に、本当は愛で満たされているよね、と教えてあげつつ、

 

「お金持ちそうですね」「裕福そうですね」

 

と鏡の自分に向かって言って、ニンマリしてみます笑

 

 

 

今日も読んでいただいてありがとうございます。