なぜThe tea party for UNICEF なのかというと


かなり昔からユニセフへマンスリーの寄附をしていたのだけれど

ある事情で寄附ができなくなる事態になりました。

その時、どうにかして寄附を送れないものかと思った瞬間ひらめいたのが

このtea party です。


以前から自宅」で tea party をしていたんだけれど

その時、訪ねてくださる方のお心遣いのお菓子、お花などを

全部寄附にさせて頂こうと始めたのがこの tea party です。



私はあまりお金をかけずに、でも心のこもったテーブルを用意して

訪ねてくださる方は何も持たずに訪問するのがルール

tea party の前半はユニセフの啓蒙活動、後半はおしゃべりの時間です。

最後に寄附をして頂くのがルールです。


寄附は全額ユニセフに寄附します。


世の中にはいろいろな募金があるのだけれど

この世界は子供がいないと成り立たないのと

ユニセフの会計がきちんと報告されて使われ方がよくわかるので

ユニセフです。


子供の時、スキムミルクでお世話になったみたいだし・・・

(年がわかる!)

私は幼稚園は仏教、高校はキリスト教の学校に通っていたせいか

人間は人生のある時期からは奉仕をしなければならない。

と漠然と思っていました。


ある時、故筑紫哲也さんのニュースを見ていたとき

アメリカの障害者の方が奉仕活動(ボランティア)をされているのが

とりあげられました。

その方は脳性マヒで車椅子生活だったんだけど

その彼がボランティアをし

「少しでも良いことをしてこの世を去ること。

それがぼくの生きるルール」

とおっしゃっていました。


彼の人としてのすごさに敬服するだけでした。


それから漠然と思っていた奉仕という言葉が

自分のなかで人生のひとつの目的のように歩き出しました。



どうしてユニセフなのか

それは子供がいないと人類が滅びるし

すべての子供がわが子と同じように

大切に育てられるべきだから!



Reiyou という名前は

16才の時、お花のお稽古で初伝というはじめての免状を頂いたとき

家元から頂いた名前です。

麗陽

と書きます。


高校2年の秋に

高来千秋先生の前で

扇子をひざの前に置き、先生のおっしゃられるとおりに口上を述べ

深々と頭をさげて頂いたのを覚えています。

何とあいさつしたかはぜんぜん覚えていませんが

麗陽という名前にびっくりしたのだけはよく覚えています。

先生に「どうしてこんな名前がついたんですか?」

とお尋ねしたら

お家元が生年月日と本名を占って決めたのだ

と教えてくださいました。


子どもながらに

すごい字がつけられていることだけは理解しました。

戸惑ったのだけはよく覚えています。

今も漢字で書くのはちょっとなのでReiyouと書いていますが。



後年、他の流派を習ってお免状をいただくとき

名前がいくつもあるとややこしいので

麗陽にしてもらったので


私の花名は麗陽です。