その時、思い出したのは、
ずいぶん前に観た映画「セント・オブ・ウーマン」、
主演のアル・パチーノ演じる盲目の退役軍人少佐、
彼のセリフ「 I'm in the dark ! / オレは暗闇の中にいるんだ!」
ボクには「暗闇に閉じ込められている」そう聞こえます。
16:30
隣のサブディビジョン(住宅地)沿いにある、
スクワッター(不法居住)ゾーンを散歩で通ったら、
ジョッシュ(男子11歳)が、肩の縫い目がほどけ、
華奢な肩が出てしまうほど着古され、
お父さんが着ていたようなシャツだけをはおっています。
ダブダブのシャツの中で腰は引け気味、
ボク「トリしたの?」
ジョッシュ、両口元にエクボを作り、いつもの優しい口調で、
「うん、そうなんだょ」
「トリ/ tuli 」とは、
(包茎)ペニスの余分な皮を切り取り、
清潔に保つことが目的で、
宗教的なモノではありません。
フィリピンの夏休み(一年中夏ですが、そう呼ばれてます/笑)に、
バランガイ(最少自治区)の予算で、
主に小学生が対象で行われています。
その砂利道で、いつものように、いつものメンバーが、
白いプラスチック椅子に座って、オシャベリタイム。
ボクが「Maayong Hapon /こんにちは 」とアイサツし、
古着屋で買った、かぶるだけの赤いワンピースを着た、
ドリー(女性50代)が、
「あなたの椅子はある?、誰か椅子を持って来て」と、
周りにいる子供たちに言います。
年長のファティマ(女子11歳)がプラスチック椅子を、
どこからか持って来て、
「座って、クヤ(年長への呼称)」、
ボクは腰掛けて「ジョッシュ、トリしたんだね」
ドリーは即、「トリよ」とボクの発音を正し(けっこう難しい)、
口を大きく開け、口と舌の動きを見せてくれます。
彼女の目はボクを見てはいず、
少しうつむき加減で下を向いて、小さな目の中、
濁った白目と瞳は、どこにも焦点が合ってはいません。
日に焼けた肌の彼女は、糖尿病を患い三年前に失明、
腎臓の調子も悪く「透析するようになったら、もう終わりダネ」と、
ボク「えっ?」
ドリーのお姉さん「死んじゃうってことヨ」と、気軽に言います。
フィリピンに来て二年、生と死が身近な国、
生と死が「スーパーへ買い物行くの」、
そんな感じで気軽に会話に入ります。
これは、けっして彼らが「おおらか」なのではなく、
その恐怖から正気を保つために、
わざと、そう発しているように聞こえます。
ファティマがその場にいたジェイド(男子6歳)を指し、
「彼はピソットよ」と。
「ピソット/ pisot 」とは、まだ剥いてない子供という意味(笑
ドリーも「そう、ジェイドはピソットなんだよね」
周りにいる子供たち7、8人はニヤニヤし、
子供たちだけでなく、エリアの全員が、
誰が剥けていて、剥いてないか知っているんです(笑)
これは、ボホール島、セブ、ここダバオでも同じ。
ドリーはボクに「あなたは剥けてるの?」
「来たな」、
コレも、どこでも訊かれることで、
ボクは日本代表として、恥ずかしくない適切な回答をし、
同時に、
ボクの秘密も一つ減ります(笑
ドリーは「ピソットのスペル(つずり)分かる?」
ボクは慌てて、ポケットからコクヨの小さなメモ帳を出し、
献血でもらったノック式ボールペンを「カチッ」と、
ドリーのスペルを書き留めます。
ドリーは続けて、
「トリは英語でサーカムシジョン、
スペルはね、C , I , R ,C, U ,M・・」
ボクは罫線上に、
彼女の早口で言うスペルを、ボールペンで追いながら、
彼女がいるのは、
暗闇じゃないんだろうな、と。