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mewhiroの学習ぶろぐ

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「絶望は神様からの贈りもの」より


ある男が、漫画家を夢見て上京。

すぐトップになれるぐらいの気持ちでいたそうだが、
作品のネーム(あらすじ)を提出しても全然通らない

「さすがに自分の力のなさに気づいて、そうすると壁がどんどん高く見えてくるわけです。
 一週間で19ページも面白い漫画を描き続けるなんていうのは、人間にできる技じゃない。
 漫画家になるべくして生まれた人にしか
 できないことなんだと思うようになって、ショックでしたよ。」

描いても描いてもボツになる、描いても描いてもボツになる、描いても描いてもボツになる、、、

ついには倒れて、1週間ほど体が動かなくなった

もう漫画家になることを諦めようとした、サラリーマンに今からなれるかなとも考えた、

そのとき、当時の担当編集者が
「こんなに頑張って報われなかったヤツを俺は今までに見たことない。」


泣いた、とことん泣いた「また頑張れるぞ」と気力が湧いてきた

そして書き上げた作品が、「ONE PIECE」


初めから才能があったわけじゃなかった


人は力尽きるところまで頑張った時、尽きることのない無限の力が湧き上がってくる
「もうだめだ」と力尽きる瞬間を人生を一変する場面と出会う





「なぜ落ち込むのか」

心理学者、アルバート・エリスは
「現在、落ち込んだり、不適応に陥っている真の原因は、
過去の出来事や経験にあるのではなく、
本人が今一体何を強く信じているのか
というその人の信念、信条そのものにある。」

例えば、「仕事で重大なミスをして落ち込んでいる」

失敗した事が、落ち込んでいる真の原因ではなく
自分が信じ込んでいる信念や信条こそ真の原因だという事。


つまり落ち込む原因、劣等感が消えない理由は
過去の失敗や出来事にあるのではなく現在の考え方にある。

何かがきっかけで落ち込んでいる人は、
きっかけとなった出来事にばかり思いが行きがち。
そうではなく、自分の思い込みを見つめ直してみる事が重要。








「劣等感、落ち込みの消し方」

見つめ直すべき思い込みは、
「○○せねばならぬ」、「○○すべきである」といった独断的、絶対的な考え方。

このような考え方では、達成できない場合に非常に苦しくなって、
心がかき乱され、傷ついてしまう。

こう言った思考を持つ限り、劣等感は消えない。


そこで、このような耐え難い苦しい感情を、
「○○であったらいいのにな」というところまで引き戻す。

自分の前に目標として置いても、
なんとかやっていけるラインにもってくる。

そうしているうちに今度は、
「○○になりたい」「○○ならできる」「ああしよう」
という気持ちに変わっていく。


あくまで過去や失敗を振り返るのでなく、
現在の思い込みを変えること。


「もうだめだ、、」「私なんて、、」と言いたいときは、
「ああしよう」「こうなりたい」へと変換してみること。


劣等感が消えない理由は過去にのみ注目しているから。

落ち込む本質は失敗や過去にはなく、
現在、そして未来に向けて建設的な思考をすること。




意識的にせよ、無意識的にせよ
劣等感をなんとか調整しようとする心の働きの事、

また、自分が劣等感を抱いている分野とは
違う分野で努力して良い成績を修めたり、
他人より優越して成功の体験や達成感を味わう事で、劣等感を補うことを
劣等感の「補償」と言う。

そこで、補償がうまくいくと遂には劣等感を感じないようになって、
積極的に劣等感を克服していくことが出来る。


よく「ハングリー精神」という言葉を耳にするが、
これはまさに、劣等感の裏返し。


精神分析学者、アルフレッド・アドラーは劣等感の研究によって
この補償という現象に重要な位置づけをしている。


アドラーは、心理学の研究を始める前の眼科医時代に、
美術学校の学生の視力検査を行い7割以上に視力の欠陥があると気づいた。

なぜ目が悪いのに画家を目指すのかという問いかけに対し
以下のような返事をした学生がいた。

「子供の頃、自分の視力が人より劣っていると気づいたので、
何とかして他の人と同じか、それ以上になりたいと思って
努力しているうちに、見る事に人並み以上の関心を持つようになったのです。」

これを聞いたアドラーが芸術家の伝記を調べてみた所、
偉人である画家や詩人、作家に視力障害を持つ人が何人もいる事、
偉人である音楽家に聴力障害のある人が多いことなどが分かった。

さらに、足が不自由だった人が長距離走で新記録を出した話しや、
足の病気だった人が歌手になった話しなど
身体上の欠陥を克服して業績を上げた天才の例が何百も見つかった。


例えば、デモステネスは言語障害であったが雄弁家に、
フランクリン・ルーズベルトは小児麻痺(まひ)を克服して大統領になった。



そこでアドラーは、人間が身体上の欠陥だけでなく
心理的な面もまた同じように補償しようとするのではないかと考えた。

ルネッサンスの天才レオナルド・ダ・ヴィンチもミケランジェロも神経症だった。
万有引力を発見したニュートンは、子供頃に病弱で不幸な育ち方をしたため、
劣等感が強く、被害妄想に悩まされていた。

その補償として、自分の存在を支えてくれる
絶対的な神の法則を見つけ出そうとしたと言われている。




天才や偉人以外にも、

泳げない事に劣等感を持ち、練習を重ねて水泳選手になった人もいれば、
運動は苦手だからと勉強に励んで学業に秀でるようになった人もいる。


プラスに働くと、人生に成功をもたらす。

このようにアドラーは、劣等感を「健康で正常な努力と成長のための刺激」
であると説いている。


精神分析学の大家であるユングもまた、劣等感を
「内なる魂の現れであり、感情的エネルギーの源泉であり、人間になくてはならないもの」
と述べている。




そのためにも、
無視してはいけない、敵対してもいけない。

劣等感を持つ事に過度にこだわったり、
劣等であったりすることを素直に認める事が出来なかったりすると
劣等感コンプレックスとなってマイナスに働いてしまう。


無視をしていれば暴発して、自分を傷つけることになる。

周囲の人の何でもない話しでも自分に向けられた攻撃と
受け取ってしまい、自分が攻撃される前に相手を倒してしまおうとか、

自分が拒否される前に相手を拒絶してしまったりとか、

やたらと自慢話をしたり、自分より立場の弱い人を攻撃したり、誰かのせいにしたり、
言い訳をいう、犯罪、非行、神経症的症状、薬物依存など、、


このようなことがないように、そこから目を背けずに向き合う姿勢が大切。
確かにそれは辛いものであり、ストレスを抱えるものになっている。


だがもし、味方に付けて上手につき合っていけば、
自分を大きく成長させるジャンプ台となる。

バネが強いほど高く跳べる。
悩みが真剣であればあるほど、大きければ大きいほど、高く跳べる。