「過去を顧みるな 現在を頼め さらに往々しく未来を迎えよ」ロングフェロー
イチロー
・甲子園2度の出場はいずれも初戦敗退
安藤百福
・日清食品創業者
・35歳の時、無実の罪で48歳まで留置場へ送られてしまった。
・48歳で日清食品を創業
・48歳から10年以上の歳月をかけてインスタントラーメンをたった一人で開発
・亡くなった際、米ニューヨークタイムズは
「安藤氏は人類の進歩の殿堂に不滅の地位を占めた」と絶賛した
「即席めんの開発に成功した時、私は48歳になっていた。遅い出発とよく言われるが、
人生に遅すぎるということはない。50歳でも60歳からでも新しい出発はある。」
「即席めんの発想にたどり着くには、48年間の人生が必要だった。
過去の出来事の一つ一つが、現在の仕事に見えない糸で繋がっている。」
ジョージ・W・ブッシュ
・高校の成績はBばかり、
親が裏口入学させたイエール大学でも酒飲んで暴れてばかりで警察に逮捕される
・挙句の果ての裏口卒業。
・高校時代、野球部に入ったがレギュラーになれず、チアリーダー部に移った
・パイロットの適正テストの結果は最低レベル
・ブッシュ一族の経営する石油会社、投資会社、スポーツ用品店を任されるが、
サボってばかりでどれも失敗。
・政治にまるで関心がなく、国際問題にいたっては何も知らなかった。
・本ほど嫌いなものはなく、
後に結婚するローラに会った時、「私は図書館司書よ」と言われて一瞬怖気づくほど。
・ついにアルコール中毒へと落ちていく
・政治のことは何も知らなかったが
カール・ローヴらスタッフのサポートで州知事から大統領になった
ジャック・マー
・世界最大のECサイトを運営しているアリババ創業者
今や世界で10本の指に入る巨大市場へ
・貧乏な家庭に生まれる
中国では富裕層や政治的コネがある人間が圧倒的に強いから
とてつもないハンデがある
・中学も高校も三流どころか四流の学校へ進学
・小学校での大事な試験に2回、ミドルスクールの入試に3回落ちる
・2回大学受験に失敗
・KFCの試験では、24人のうち23人が合格で、その落ちた1人
・警察の試験では5人のうち4人が合格、またもその落ちた1人
・ハーバードも受けるが、10回受けて10回とも落とされる
・アリババで成功するまで40社以上の企業を興し、いずれも失敗
・就職活動でも、30回以上も苦杯を喫した
ジャン・アンリ・ファーブル
・54歳にして「昆虫記」第一巻を発表
・28年かけて「昆虫記」全十巻を完成
江崎利一
・江崎グリコ創業者
・江崎に転機が訪れたのは38歳のとき
・39歳 一家で大阪に移転。合名会社江崎商店を設立、社長に就任
栄養菓子グリコを試験販売
・40歳 栄養菓子グリコの三越での発売に成功
ジョセフ・コンラッド
・父・母ともに、ジョゼフが幼少期の頃に死亡
・39歳の頃に英文学の大家になったが、20歳の頃には英語が全く話せなかった
ポール・セザンヌ
・画家
・もともと法学を勉強しており、20歳まで絵を描いたことすらない
・晩年、特に死後になってポールの画家としての名声は一層高まり、
後世の画家たちに大きな影響を与えることとなる。その中にピカソもいる
シルベスター・スタローン
・出産時の産科医のミスにより顔左側の神経が傷つけられ、
生まれつきの言語障害を患う
・少年時代に両親が離婚
・24歳まではポルノ男優として生計を立てていた。
・自身が脚本・主演をつとめた「ロッキー」がアカデミー賞最優秀作品賞を受賞
ロッキーマルシアーノ
・無敗のボクサー
・20歳までボクシング未経験
ヴェラウォン
・ファッション界における有名デザイナーの一人
・39歳までファッション記者
ジュリアチャイルド
・アメリカで料理に興味がある人ならば大抵は知っているほどの、
有名なフランス料理シェフ
・30歳までフランス料理を知らなかった
マーサスチュワート
・アメリカで成功している室内装飾師の一人
・35歳まで室内装飾など全く知らなかった
ヴィンセントヴァンゴッホ
・27歳まで線画だけで塗りは未経験
・聖職者を目指そうと神学部の受験勉強を始めたものの、挫折。
・37歳で自殺し、死後60年以上を経過してから作品が世に認められ、
後世の画家たちに多大なる影響を与えた。
アランリックマン
・28歳までの映画の役なし
・後に「ダイ・ハード」や「ハリー・ポッター」などに出演し、
ゴールデングローブ男優賞・英国アカデミー賞助演男優賞などに輝く
デーブマクルーア
・投資ベンチャーキャピタル「500Startups」を創設
・40歳までは投資など全く行わなかった
やなせたかし
・アンパンマンの人気が出始めた頃、50代後半
森光子
・初の主演舞台は41の時
田中久重
・東芝の創始者
・75歳の時、田中久重は政府の要請を受けて東京に移る。
銀座に電信機などのメーカーとして「田中製作所」を開いた。
これが、現在の東芝の前進となる。
本居宣長
・医者という生業を持ちながら、34歳でライフワークへの取り組みを開始し、
34年という気の遠くなるような長い時間を
費やし、とうとう68歳で「古事記伝」を完成する。
兼元謙任
・ウェブサービス「OKWave」の創業者
・「やることなすこと全部ダメ。人と会うことすら嫌になり、
公園で1人でいるのが、一番居心地がよくなりました」
・最初は人を頼って泊めてもらったが、長く居座るわけにもいかず、ついに
公園で寝泊りするホームレス生活を選択する
ショーン・コムズ
・今や資産500億を誇る世界いちリッチなラッパー。
・NYのハーレム出身の彼は幼い頃貧しくて相当な苦労をしたのだそう。
ファウジャ・シン
・89歳で長距離を走り始め、101歳で引退するまでの間に、
世界中で開催されている9つのフルマラソンを完走。
アーノルド・シュワルッツネッガー
・子どもの頃とても貧しくて苦労したのは有名な話。
・何とかかき集めた資金でビジネスを始めて、
まずはボディービルダーとして成功し、次はハリウッドスター、
その後はカリフォルニア州知事まで登りつめた。
ジム・キャリー
・小さい頃からホームレスだったジムの家族は、
日雇い仕事をしながらストリートを転々をしていた。
・大人になってからも、土方や工場での力仕事など、成功するまで本当に苦労した。
ジェイZ
・10代の頃、ドラッグを売って家計を支えるほど苦労していた
・今や資産は450億のスーパースター
ヒラリー・スワンク
・生活が落ち着くまでは、母親と古い車の中で生活していたんだそう
マーク・ウォールバーグ
・14歳で学校を退学してギャングメンバーになった
・二人の男性を襲った罪で服役したことも
・ラッパーとして音楽を始めたことがきっかけで人生が一転
今やハリウッドスター
エミネム
・母はシングルマザー。幼少時代は貧困で大変な苦労した
・エミネムの人生は、映画「8マイル」にも描かれている。
デミ・ムーア
・貧しいトレーラーパークで父に虐待を受けながら育った。
・現実から抜け出すため、高校を退学してスターを夢見て
ハリウッドに行ったのは、たった16歳の時。
・映画で役を得るまで大変な苦労をした。
マライア・キャリー
・ロングアイランド州の貧しい地区出身。
・幼少時代は貧困で苦労して、成人してからNYに出てきても、
コロンビアレコードのスカウトの目に留まるまで、
生活を支えるのに何個も仕事を掛け持ちして、大変な苦労をした。
セリーヌ・ディオン
・今や世界を代表するシンガー
・カナダの貧しいフランス人地区で生まれ育つ。
・14人兄弟という大家族で、食べるのも大変なほど家計が苦しかったそう。
レオナルド・ディカプリオ
・貧しい人達が住んで危ない地区があり、そんな地区で生まれ育って苦労した
ジャスティン・ビーバー
・Youtubeで注目されるまで、食べるものにも困るほどの貧困生活を経験していた。
・今や世界をときめくトップアイドル。
レイトン・ミースター
・彼女は刑務所で産まれている。
彼女の母親がジャマイカからドラッグを輸入して服役していたため。
フローベール
・「ボヴァリー夫人」「サランボー」「感情教育」などの作者
・言葉も遅れ、学校へ行っても字を書くことが、なかなかできなかった
・外科医であった父は、学校では成績が少しも振るわないのを見て、
「馬鹿息子」だと考えた
・どうにか義務教育だけは終えることができたが、
それ以上の進学は何度かのアタックを試みたにもかかわらず、成功しなかった
それどころか、学校の試験のたびに発作をおこした
・父はつきっきりで、勉学の面倒をみたが、さっぱりだった
・23歳の時、勉強を強制するあまり、フローベールはヒステリー発作をおこし倒れる
・病気の治療のため、父は勉学の面倒を見ることを一切やめ、放任
これにより本体の才能を発揮することができた
・それから家に閉じこもり、ありとあらゆる文学書を読み、夢想にふけり、次々に作品を書いた
○親から早くに見放されていた偉人
詩人のワーズワース、作曲家のワーグナー、シューベルト、画家ロートレック、マネ、
政治家のルーズベルト
「もっとも優れた教育は、何もしない事」byルソー
○学校時代、学業不振児
レオナルドダビンチ、ニュートン、ジェームズワット、ペスタロッチ、アンデルセン、
エジソン、アインシュタイン、ナポレオン、スコット、リンネ、ハイネ、ヘーゲル、バイロン、
サッカレー、イプセン、ダーウィン、エドガーアランポー、レントゲン、チャーチル、ゾラ、
チェーホフ、パスツール、ツーマスハックスレー、
レオナルドダビンチ
・万能の人、彫刻、音楽、詩、生物学、数学、科学、技術、、
どれをとっても超一流
・対人恐怖が強く、幼いころから、家族を自分の部屋に入れなかった
・両親とも全くの放任からか、学校の成績はいつも最低
・しかし、学校で習わない数学や音楽、絵画などに早くから興味を示し、
理解力は抜群であったらしい
自然現象に対しては異常なほどの関心を抱いていた
イプセン
・ノルウェーの劇作家。近代劇の創始者。近代演劇の父と呼ばれている。
・八歳の時、家は破産、5人の弟妹がいて生活が苦しかった
・学業の面では、成績は芳しいものではなく、学校では終始、不振児であった
・中学卒業の際には、やっと及第点に達していたという
・少年時代は友人もなく、孤独で、沈うつな、反抗的な、暗い時代だった
・21歳の時最初の戯曲「カティりーナ」を書き、自費出版したが、認められなかった
・大学を受験するが失敗、医者になることを諦め、文学の道を歩む決心をした
このころ、いくつかの作品を書いているが、どれもほとんど問題にされなかった
・国民劇場の舞台監督になったが、評判が悪く、失職、借金がかさむばかりであった
この時がもっともどん底の時期だったといわれている
・36歳の時、ある作品が、政府攻撃をしたものとみられたため、
石をもって終われるように国外へ出た。二十数年、国外で執筆活動を続けた。
・劇作家として一般的に認められるようになったのは、「ブランド」を発表した
38歳になってから
・「人形の家」によって世界的な存在となった、その時51歳
・故国ノルウェーの土を踏んだのは、その12年後。
逃げるようにして国外へ出た彼をその時迎えたものは、国民的な大歓迎であった
・78歳で動脈硬化症で死去、その葬儀の盛大さは、
国王のそれに勝るとも劣らむものであったという
ゴーガン
・芸術面での傑出人たちは早熟な例が多い中、
彼は中年になって、初めて絵筆をとっている
・フランスの後期印象派最大の画家のひとり
・学校では、取り立てて特徴のない子供だったという
・いつも空想にふけり、授業には全く無関心だったよう
・成績は悪く、進歩も遅かった
アンナメアリーモーゼス
・小学校も卒業しないうちに、農家の住み込み手伝いに雇われる
・27の時、結婚、10人の子どもを生み、育て、子育てに明け暮れる毎日だった
・67歳になった時、夫が急死したため、末っ子夫婦のもとに身を寄せる
・そのことからリューマチのため指が動かなくなっていく
・70歳も半ばすぎたころ、絵筆をとる
絵筆と言っても、ありあわせの幅広のペンキ用の刷毛。
それにポーチや台所の床を塗る為に使っていたペンキをつけて、絵を書きはじめた
・その第一作を美術蒐集家に画才を認められる
・ルーブル近代美術館が作品を買い上げた最初のアメリカ人画家
・プーチン美術館における彼女の展覧会には十一万人が列をつくる
・「モーゼスおばあさんのクリスマスカード」の売り上げが、年間3500万枚に達する
○大器晩成型の天才たち
・夏目漱石 作家の第一歩を刻んだのは40歳
・富岡鉄斎 画家としての名を上げたのが50歳
・孔子 一介の無名の教育者から、救世済民の理想を抱いて諸国遊説をはじめたのは50歳
・モーゼ 一介の羊飼いから民衆を率いる予言者として立ったのは、80歳
・ゲーテ 「ファウト」をかきはじめたのは26歳ころだが、完成させたのは83歳
フランクリンルーズベルト
・小児マヒに冒されて苦しんだが、毎日松葉杖を使わずに歩く訓練に励み、
「今日は歩けた。明日はもっとうまく歩いてみせるぞ」と明るく自分に言い聞かせている。
過去の苦しみにとらわれず、不運不幸にいじけず、ひたすら前へ進む喜びだけを味わっている
「おい、昨日のことはよそう。今日の話をしよう。それから明日のプランだ。」
ヘーゲル
・カント以来のドイツ観念論哲学の大成者
・体操、武術が苦手で、話下手だった
・大学の学友から「老人(のろまという意味)」というあだ名をつけられ、からかわれた
・卒業の人物評に「神学は可、されど哲学の才能なし」
リンカーン
・小学校中退
・大統領になる前は職を転々とし、パッとしない人生だった
・友人と共同で雑貨店を経営。
商売に性に合わなかったようで、店は負債を抱え、立ちゆかなくなる。
店を売り、2人は千ドルの手形を受け取ったが、それは不渡りだった。
これにより、債権者がどっと押しかけ、二人は絶望のどん底に転がり落ちた。
友人はヤケになって、自堕落な生活がたたって若死。
そのため負債は全部リンカーンにいき、この借金を返すのに17年もかかった。
それでも、彼は、一歩一歩前へ進み、懸命に前をみつめ、進むことだけを考えていた。
やがて、測量士から法律家、政治家、そして大統領となる。
このように、同じ絶望に転がり落ちても、心の姿勢をどう保つかで、人生はまるで変わる。
前向きに徹すれば輝かしい未来を作りだすことができることを物語っている。
・1832年の春にビジネスのトラブルから無職
・1835年には恋人のAnnを亡くす
・1832年に州議会に立候補したが落選し、それから数えて合計8回の選挙に落選する。
・結婚してからは次男を病気で亡くしている。
・メキシコとの戦争に反対して人気を失い、一度政界を去っている
神近市子
・婦人運動家、評論家、政治家として活躍した現代日本女性のナンバーワン
・傷害事件を起こし、二年間服役
・出所後、人には言えないほどの辛酸をなめている、娑婆の風当たりが大変厳しかった
・それでも絶望することなく、眼は常に前方を見つめていた
・過去に打ちのめされることなく、やがて彼女は文筆生活に入り、
翻訳をしたり、傍ら社会主義運動を助け、様々に努力した
・戦後は売春防止法の制定などに奔走、女性の地位向上に尽くした
坂本龍馬
・12歳のとき、私塾に入ったが成績はふるわず、
通学の途中に学友から馬鹿にされて、いつも泣いて帰っていた。
・いつも無口なうえ10歳を過ぎても寝小便の癖が直らなかったので、
近所の人々は「洟垂(愚か者)」と呼んでいた。
「業なかばで倒れてもよい。そのときは目標の方角にむかい、その姿勢で倒れよ。」
「おのおの、その志のままに生きよ。」
「敵の手にかかって倒れるときは、うつぶせに倒れ、天を仰いで死にたい。
そうすれば生命の終わる瞬間まで前に進むことができるではないか。」
「おれは落胆するよりも、次の策を考えるほうの人間だ。」
「人の世に失敗ちゅうことは、ありゃせんぞ。」
ヴィルヘルム・レントゲン
・ギムナジウム(高等中学校)時代。
教師の似顔絵を落書きした友人の名前を問われたのだが、
最後まで「吐かなかった」。これにより学校は中退、
大学の入学資格を得られなくなり、スイスのチューリッヒ工科大学に進む。
・高校を中退していたため、大学では学位の授与を拒否されている。
・X線の発見。ノーベル物理学賞の第1号受賞者。
「私は考えなかった。ただ、探求した。」
伊能忠敬
・55歳から日本を歩いて地図をつくるという偉業を成し遂げた
チャールズ・シュルツ
・子供の頃から恥ずかしがりで一人で時間を過ごすことが多かった。
・高校のイヤーブックスタッフに描いて提出したマンガは全て却下された。
・スヌーピーで知られる代表作「ピーナッツ」の漫画家
フレデリック・ジュリオ・キュリー
・ノーベル化学賞を受賞
・高卒
・25歳でマリー・キュリーの助手に採用され、研究生活を始める。
・国民戦線の指導者や、フランス原子力庁初代長官も務めていた。
ファーブル
・14歳から働いていた。
・独学で教員免許を取得。
トムクルーズ
・幼少時代に貧困で苦労したのは有名な話。
・字が読めない、失読症
マハトマ・ガンジー
・「やり方が手ぬるすぎる」として、独立運動の同志からも批判された
・資本家とつながりがあるとして、共産主義者からも攻撃された。
・独立後も、政教分離を訴えたため、狂信的なヒンドゥー教徒によって暗殺された。
ガンジーの弟子、インドの初代首相ネルー
・独立運動のために9回も投獄される
鉄の女サッチャー
・改革を断行したために多くの批判を受け、選挙で大敗したこともあった。
・辞任半年後のアンケートでは、イギリス史上最高の首相に選ばれている。
モハメッド・アリ
・徴兵を拒否したため、3年半に渡って、
王座ばかりかプロのライセンスまで剥奪されている。
ジョー・ジラード
・生活のため、8歳から働いていた。
・高校を中退し、2度逮捕され、事業にも失敗して破産。
・借金取りから逃げ回りながら、自動車のセールスを始め、突然ブッチギリの売り上げを記録。
・12年連続で、ギネス認定の売り上げ世界1セールスマンとなった。
・営業の秘訣は、リピーターを確保し、
彼らに知り合いを紹介してもらうシステムを築くことだそう
カーネル・サンダース
・事業に失敗し、生活保護をうけていた。
・40以上の職を転々とする。
・ガソリンスタンドを経営するが、倒産。
・うつ病の真っ只中、レストランをオープンするが、火災に見舞われる。
・レストランを再建設するが、道路事情が変わり人が来なくなり多額の借金を背負う。
・フライドチキンの秘密のレシピを売るために車でアメリカを走り回るが、1009回断られる。
・62歳でケンタッキーフライドチキンを設立と遅咲き
チャールズ・ダロウ
・失業中の技師だった
・『モノポリー』を考案して億万長者になった。
・『モノポリー』は、史上最も売れたボードゲームとして、ギネス認定されている。
岩崎弥太郎
・三菱財閥を創始
・貧しい浪人の家庭出身。
・若いときには、遊郭などで藩の予算を百両も散在している。
ヒュー・ヘフナー
・資金をかき集めて『プレイボーイ』を創刊したが、
運転資金が無くて、第2号発行のメドも立っていなかった。
・同誌は、半世紀後の現在も続いている。
ヘンリーフォード
・自動車王
・15歳から働いている。
・『給料が安い人たちでも購入できる車をつくる!』との熱意で
会社を設立するが僅か21台製造しただけで倒産。
・再度、会社を起こしては倒産の繰り返し。
・トータルで5度の破産を経験。
・後の1600億ドルの収益を生み出す自動車会社、フォード・モーターの創業者。
「努力が効果をあらわすまでには時間がかかる。多くの人はそれまでに飽き、迷い、挫折する」
シュリーマン
・14歳で学校を辞めている
・独学で18カ国語をマスターし、実業家としても成功
・トロヤを発掘して考古学上も多大な貢献を残した。
ホテル王ヒルトン
・13歳から働いていた。
ラリーエリソン
・オラクルCEO
・2013年版世界長者番付第5位 総資産額430億ドル(4兆円)
・母は出産した当時、未婚の19歳で、ラリーが生後9か月の時に、
シカゴに住む叔母夫婦に養子として引き取られ、実母の名も知らずに育つ
・養母の死後イリノイ大学中退
・その後シカゴ大学に入るも3か月で退学
・学位を1つもとれず
・3度の離婚
・本人曰く「32歳まで成功したことは何一つなかった」
・1977年自己資金1400ドル(当時約38万円)で「オラクル」を設立
・12年連続で年間売上高倍増
「この世界では何もしない事が一番大きなリスクになる」
アマンシオ・オルテガ
・ZARA創業者 一代で築き上げる 世界80か国6000店 世界最大級のファッションブランド
・2013年世界長者番付第3位 総資産額570億ドル(5兆3000億円)
・中卒
・貧しい家計を支えるため13歳で裁縫店で働く
松下幸之助
・小学校を4年で中退し、9歳から働いていた。
チョン・ジュヨン
・韓国有数の企業体である「現代グループ」の祖
・小卒
コーネリアス・ヴァンダービルド
・16才からボートこぎの仕事を始める
・汽船王として19世紀アメリカ最大の富豪となっている。
アーネスト・オッペンハイマー
・16歳で働き始める
・ダイヤモンド業界の帝王と呼ばれるまでになった。
ケモンズ・ウィルソン
・16才から働き始める
・一代で世界最大のホテルチェーン、ホリデイ・インを築き上げている。
リチャード・プランソン
・ヴァージン・グループ創立者
・16歳で高校を中退している。
ジョン・ロックフェラー
・史上最高の大富豪
・16歳から働き始めている。
レイ・クロック
・マクドナルドを世界的に発展させた人物。
・高校を中退して職を転々としていた。
・52歳からの遅咲きの事業家としてのスタート、
マクドナルドを買収し、世界的チェーン店に育て上げた。
ファラデー
・13歳から製本屋の徒弟として働き始め、独学で物理学と化学を学んで、
数々の業績を残した。後に、王立研究所教授になっている。
牧野富太郎
・小学校中退
・独学で世界的な植物学者となった。
・経済的には報われず、100回以上の一家離散や夜逃げを経験し、
書類まで差し押さえられ、10万点の標本も手放している。
松浦喜一郎
・小学2年のときに家出
・独学で150もの特許を取得した。
・『人造米』は話題になり、政府は現在なら50億円もの賃貸料を提示して、
特許を借りようとした。
エイチ・アイ・エス創業者 澤田秀雄
・格安航空券の販売を始めたものの、お客様は週に数人だけ。
・しかも、小さなオフィスに、スタッフは20代の二人だけ
・そんな日々が、半年ほど続いた。
・資金も徐々になくなり、何度も辞めようと思ったが、
本で出会った「継続は力なり」「石の上にも三年」という言葉に励まされ、
なんとか耐えた。
「9回失敗しても、10回目で成功すればいい。
起業家・経営者にはそれくらいの気高さが必要です。絶対に途中で投げ出してはいけません」
ワット
・『蒸気機関』の実用化に成功した
・半人前だと見なされて、職人組合に加入できなかった。
柳井正
・ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長
・スーパーのジャスコ(現・イオン)にコネで入社するが9ヶ月で辞表を出す。
・その後は友人の家に転がり込み、「一生、仕事なんてしたくないな」
と考えながら日々を過ごす。
・見かねた父親から「戻ってこい」のひと言で、親の経営する会社に入社。
・責任者になるが、7人だった部下が次々と会社を辞めることになってしまい、
最終的に1人しか残らなかった。
・それでもあきらめず23歳からユニクロ1号店を作る35歳までの12年間、
経営書やビジネスの本を読みあさり、
ルートセールスマンから自分の店に何が足りないか
指摘を受けながら店を改善させ続けていく。
・ユニクロを6000億円売り上げる店に成長させ、
2012年日本富豪ランク1位と(推定資産8100億円)経済誌フォーブスに紹介される。
「失敗は必要なのです。むしろできるだけ早く、失敗するほうがいいでしょう。
小さな失敗を積み重ねることによって、成功が見えてきます」
グリエルモ・マルコーニ
・学校に行かずに引きこもって独自に研究を重ね、
無線通信装置を発明してノーベル物理学賞を受賞した。
・実業家としても成功している。
グーテンベルク
・史上最大の発明のひとつである『活版印刷術』を発明した
・破産して工場を手放している。
クロンプトン
・『ミュール紡績機』を発明して産業革命に貢献したイギリスの発明家
・申請費用がなかったために特許を取れなかった。
山陽
・歴史家
・人格破綻のため座敷牢に幽閉されながらも『日本外史』を執筆し、
明治維新の理論的支柱になった。
ハンス・クレブス
・『クエン酸回路』を提唱してノーベル生理学医学賞を受賞した
・医師免許を持っていなかったために、病院への就職ができなかった
アリストテレス・オナシス
・17歳のときに一家が破産したため働き始め、世界的な海運王になった。
キング・ジレット
・17歳で一家が破産して働き始め、『安全剃刀』で大成功を納めている。
新聞王ピュリッツァー
・17歳でアメリカに移住しているが、当初は、英語も満足に操れなかった。
・加えて、病弱で視力も極度に悪く、軍人となるも、すぐ失職している。
手塚治虫
・たったひとりで今日の長編ストーリーマンガを完成させ、
巨大なジャンルとなった少女マンガを生み、さらに日本初のTVアニメを成功させた。
・日本中から叩かれた時代があった
・子どものころの手塚は、体が小さくて運動神経も鈍く、
物心ついたころから、ひとりで絵を描いているのが好きな少年だった。
・小学校に入学すると、ひどいくせ毛をからかわれて
(このくせ毛が、アトムのヘアスタイルのヒントになった)、
毎日のようにいじめられ、泣いて家に帰っていたという。
・新聞社に原稿を送るも、相手にされない。そういう時代があった
ライト兄弟
・共に高校中退
・彼らが飛行機の実験ができるまで、
自転車店で仕事をしながら家族の病気と日々戦っていた。
・航空力学を独学でマスターし、『飛行機』開発に割ける時間は日曜日のみ、費用は全て自腹。
・試作品の飛行機は、数年で何トンもの鉄くずとなった。
・飛行の成功がニュースとなり、瞬く間にヒーローとなる。
・その後、自分たちの技術にこだわりすぎ、
また、特許問題にエネルギーを奪われ、徐々に競争から取り残されていく。
・そして兄が死去し、ライト社を売却してしまう。
モネ
・モネの作品は何百万ドルでも売られて、世界で最も評判が高い美術館に飾られている。
・彼が生きている間その作品は、エリートたちに拒絶され受け入れられていなかった。
現代になりようやく、印象派の作品は理解された。
スティーブンキング
・作家(「ショーシャンクの空に」など原作者)
貧しい生活のなかで作家になることを夢見て小説を書くも、
30もの出版社にバッサバッサとボツにされ、ついに原稿をゴミ箱に捨ててしまう。
・奥さんがゴミ箱から、その原稿をひろいあげ、書き上げた作品が大ヒット・映画化。
・デビュー前は極貧の生活を送っていた、最初の小説は、30回拒絶された
鉄鋼王アンドリューカーネギー
・実家の没落のため、中学さえ卒業できず、12歳から絹織物工場に勤めていた。
このときの月給は、5ドル足らずだった。
・客観的に見て、彼はこのまま、その他大勢の労働者と同様、
貧しい一生を送る運命にあった。
・が、彼はわずか16歳にして30ドルもの月給を得るようになり、
実家の借金を完済したばかりか、両親に家をプレゼントしている。
・さらに、24歳でペンシルベニア鉄道の管理局長に昇進、
株式投資にも成功して、後は鉄鋼事業に専念。
・最終的には、当時のアメリカ国防費を上回る5億ドルもの資産を築いた。
これは、世界史上2位の所有資産額とされる。
ローランド・メイシー
・ニューヨークの店が成功するまで彼は7度の失敗をしている。
・全米を中心に431店舗を展開する一大デパートチェーン・メイシーズの創始者。
グレアム・ベル
・彼の作ったベル電話会社は当初、運営に行き詰まり、
10万ドルでその権利をウェスタン・ユニオンに譲ると申し出た。
・その申し出は「電気のおもちゃを作る会社で何ができるのかね?」と冷たく拒否された。
・後のAT&Tとなる。アメリカ合衆国最大手の電話会社である。
スティーブジョブズ
・30歳のとき、自分が立ち上げた会社からいとも簡単に追放される。
さすがに途方に暮れ、ひどく落ち込んだ
「1年で2億5000万ドルも失ったのは、知っている限りでは私だけです。
人格形成に大きな影響を与える出来事でした。
当時は分かりませんでしたが、アップル社に解雇されたことは、
私の人生で起こった最良の出来事だったと後になって分かりました。
成功者であることの重さが、
再び創始者になることの身軽さに置き換わったのです。
何事につけても不確かさは増しましたが、
私は解放され、人生の中で最も創造的な時期を迎えたと思っています」
ジークムント・フロイト
・フロイトはヨーロッパの科学者の集まりの演壇で、
初めて自論を披露したときブーイングを受けた。
・精神分析学者。精神力動論を展開した。
盛田昭夫
・後の「ソニー」となる「東京通信工業」を井深大と設立。
・はじめて手がけた製品は、炊飯器。これがビックリするほど売れなかったという。
「世界中を相手にして仕事をしてみようではないか」
ベーブ・ルース
・ホームラン王であると同時に、三振王でもある。
・子供のころは非行少年で両親もお手上げで、矯正学校に入れられた。
714本のホームラン記録に対して、1330回の三振をしている。
・アメリカのメジャーリーグで、34年間ホームランの最高記録保持者であった。
ソクラテス 哲学者
・アイデアが先を行きすぎて「不道徳で、人を腐敗させる人」とみなされ、
死刑を宣告されてしまう。
マイクタイソン
・いじめられっこだった
ルイーザ・メイ・オルコット
・家族から召使としての仕事を探すように言われていた。
・「若草物語」を書いた小説家
JK・ローリング
・小説を書き始めるがまったく売れず。
・その間に離婚し、さらにはかなりの貧困にうつ病を患い、自殺を考えるようになる。
・生活保護を受けながら小説を書き続けた。
・その書き上げた小説『ハリー・ポッター』シリーズが後に2360万部の大ヒット
ビルゲイツ
・ハーバード大学時代には留年を経験し、しばらく休学したのち退学した経歴を持つ
・ゲイツの大学論「時間のムダ」
・最初のビジネスTraft-O-Dataの商品は全く売れず大失敗だった。
・19年連続世界長者番付一位
ザ・ビートルズ
・デッカ・レコードのオーディションで不合格。
・コロンビア、パイ、HMV,デッカなどのレコード会社に契約を軒並み断られている。
・最も成功したグループアーティストと呼ばれるイギリスのロックバンド。
ドクタースース
・27もの出版会社に拒否されている。
・20世紀のマザーグースと評され、アメリカ人に知らない人はいないと言われる絵本作家。
キュリー夫妻
・当時、愛していた恋人と別れ勉学に励む。
・貯蓄が底をつき、屋根裏部屋でろくに食事も取れないぐらいの貧困生活を送る。
・後のノーベル物理学賞、ノーベル化学賞受賞者
ゴッホ
・牧師をしていたがみすぼらしいと、伝道師の仮免許を剥奪される。
・奇行が目立ち精神病院に入れられる。
・生きている間に描いた絵は800余りほどあったが、生前は一度しか絵が売れたことがなく、
その一つも友だちの妹がたった400フランク(約5700円)で買った。
エルビス・プレスリー
・当時はロックに対する偏見もあったことから、何度も中傷の対象になった。
・ラジオショーのパフォーマンスは、たった一度でクビにされ、
「トラックの運転手に戻れ」と言われた。
・最も成功したソロアーティストで「キング・オブ・ロックンロール」の称号を持つ歌手
ベートーベン
・バイオリンを自己流に扱い、自己流に作曲した曲を弾いた。
そのことで先生に作曲家としての才能はないと言われる。
・後に偉大な5つの交響曲を聴覚を失ったまま作曲する。
・古典派音楽の偉大な作曲家
ウォルト・ディズニー
・高校中退
・最初の会社を倒産させてしまい、ホームレスになった。
再起後も、しばらく仕送りを受けていた。
・衛生兵の時、たまの休日に同僚は街へ遊びに行くが、
ウォルト・ディズニーだけは一人でずっと絵を書いていた為、変人扱いされる。
・「想像力に欠けている」との理由で在籍していた新聞社を解雇。
・会社を立ち上げるが計3回倒産させる。
・ディズニーのテーマパークも市から、
どうでもいい連中しか寄せ付けないと、建設を拒否される。
・後の総資産720億ドル以上の会社、ウォルト・ディズニー・カンパニー創業者
ジャンヌ・モロー
・フランスの伝説の女優と言われるジャンヌは21歳のときのオーディションで、
配役のディレクターに彼女の頭はゆがんで、美しくなく、写真写りもよくないと言われ、
映画の配役には向いていないと言われた。
・彼女は「自分のやり方で行くしかないわね」と自分につぶやいたそうである。
・100作品もの映画に出演し、1997年にはヨーロッパの映画アカデミーで賞を取る。
デフォー
・『ロビンソン・クルーソー』でしられる作家デフォーは、
政治的なパンフレットを出して投獄されたことがある
マイケルジョーダン
・高校のバスケットボールチームの代表に落選、
落選した理由は、身長がコーチの希望に満たないため。
・さらにはしばらくの間は補欠。
・後に年収7830万ドル稼ぐスーパープレイヤーになり、バスケットボールの神様と呼ばれる
「私は、自分のバスケットボール人生の中で、9,000回以上のショットをミスしている。
300もの試合を負けてるし、任された決勝シュートを26度も外した。
私は人生の中で何度も何度も繰り返し失敗してきた。
そして、それこそが私が成功した理由だ」
「試合に「負けた」ことは一度もない。ただ時間が足りなくなっただけだ。」
「失敗をすることは耐えられるが、挑戦しないでいることは耐えられないんだ」
ニュートン
・子どものころから、あまりにも集中力が強いため、
考え事が始まると、他のことが目に入らなくなる傾向が強かった。
・卵をゆでようとして、時計をお湯の中に入れたのは、有名なエピソード。
・馬で小学校に通っていたのだが、馬を引いている最中に手綱が外れたのに気付かず、
手綱だけ引いて帰宅したこともあった。
・いつも一人でボケーとしている物覚えの悪い少年と見なされ、
中学まで、いつもクラスで最下位の成績だった。
・内気な性格で、友達と一緒に遊ぶことも苦手だったので、いつもいじめられていた。
・ケンブリッジ大学を特待生、主席
・転職活動がうまくいかず、鬱状態に陥り、「引きこもり」になっていた
藤田田
・日本マクドナルド、日本トイザらスの経営者
・旧制北野中学(現在の北野高校)時代に留年を経験している。
・内申書がらみのトラブルにより旧制北野中学への入学に
一年間の浪人を強いられている。
・高校に入るために浪人するという珍しい経歴を持っている。
「人生は希望を6割達成できればまあまあいい。
7割いけば上出来である。8割できれば感謝すべきなのである」
メンデル
・『遺伝の法則』を発見した
・教員資格試験に2度失敗している。生物の成績が悪かったため。
・本業は牧師だった。
アインシュタイン
・4歳まで話すことができず、7歳になるまで文字を読むことができなかった。
・アインシュタインの担任の先生や親は、彼に精神障害があり、
遅れていて、社会性も欠けていると思っていた。劣等生だった。
・小学校の高学年になってもアルベルトの会話は流暢ではなく、
同級生はアルベルトのことを「のろまな奴」と呼び、クラスでも異端児扱いされていた。
・さらには先生からも「君がいるだけで僕の権威が損なわれるのだ」と
言われ退学を勧められていた
・ただ一人助手のポストを与えられず、
まったく研究とは無縁のスイス特許局に、食いつなぐために勤めることとなった
・アインシュタインは大学の講義にはあまり出席せず、自分の興味ある分野だけに熱中し、
物理の実験は最低の「1」、電気技術では優秀な「6」の成績をとっている。
・彼は教師には反抗的で、授業をよく休んだ。。
・ギムナジウムを中退し、浪人して入った大学を卒業した後も、
就職が決まらずにフリーターをやっていた
・学校を退学処分となり、さらにチューリッヒ工科スクールにも入学を拒否された。
・ようやく特許局に職を得たが、審査のノルマが達成できず、
早々に窓際に追いやられる。サボリーマン生活の中で『特殊相対性理論』を完成させた
「一度も失敗をしたことがない人は、何も新しいことに挑戦したことがない人である」
ガリレオ
・数学が苦手だった。どちらかというと文系タイプだった。
・学歴は医学部中退
・独学で物理学をマスター
・イタリアの物理学者、天文学者、哲学者。
・天文学の父と称され、フランシス・ベーコンとともに科学的手法の開拓者としても知られる
「私は何も学びとることがないほど、無知な人に出会ったことはありません。」
「どうして君は他人の報告を信じるばかりで、
自分の眼で観察したり見たりしなかったのですか。」
ウィンストン・チャーチル
・2ヶ月早い未熟児として生まれる。
・子供の頃は反抗心旺盛で、よく罰を受けていた。
・寄宿学校に入れられ両親はあまり訪ねて来ることはなく、
父親ともあまり話をしたことがないとチャーチル自身が後に述べている。
・子供の頃には言語障害があり、何年もの間苦労した。
・寄宿学校を出てから士官学校に入るのに3度も落ちている。
(士官学校の入試は、大学入試より難しくはなく、ちゃんと勉強していれば合格できるそう)
・入ってからの成績もあまり良くなったので、周りからはまったく期待されていなかった
・1922年、1929年と選挙で敗北。
・所属する保守党の主流派がナチス・ドイツと妥協していることに反対し、
長く平議員に据え置かれていた。
・イギリスを第二次世界大戦を勝利に導いた戦時内閣の首相
・2002年に行われた『偉大なイギリス人』という投票で1位に選ばれた
「成功とは、失敗を重ねても、やる気を失わないでいられる才能のことだ。」
「行動する事は少しも恐れはしない。恐れるのは、ただ無為に時を過ごす事だけだ」
「もしも地獄の真っ只中にいるのなら、そのまま突き進むがいい。」
「敵がいる? 良いことだ。
それは、人生の中で何かのために立ち上がったことがあるという証だ。」
チャーリー・チャップリン
・父親はアル中で死去、母親は精神病にかかり、孤児院や貧民院を転々とする。
・ハリウッドは当初チャーリーのパントマイムをナンセンスだと酷評した。
・「喜劇王」と異名を持つ、俳優であり、脚本家であり、そして映画監督である。
ルイ・パスツール
・パスツールは大学在学の頃、平凡な学生であり、化学の成績は22人中15番目であった。
・狂犬病やコレラのワクチンを発明した生化学者、細菌学者である。
ヘップバーン
・14歳の頃に反ナチス活動をしていたことで逮捕
・叔父と従兄弟もドイツへの抵抗活動していたので、
ヘップバーンの目の前で殺され、異父兄イアンは強制収容所に送られた。
・うまく逃げ出し道端にある草などを食べ、飢えをしのぐような逃亡生活をしていたことがある
・栄養失調に苦しみ、重度の貧血と呼吸器障害などになったことがある
・監督はただならぬ才能があると感じ、
『ローマの休日』のアン王女役に抜擢され、一躍、有名女優となる。
「何より大事なのは、人生を楽しむこと。そして、幸せを感じること、たったそれだけです。」
チャールズ・ダーウィン
・「父親や師範からはごく平凡な子供と思われ、
どちらかというと一般の知性レベルに達していないと思われていたようだった。」
・不勉強と不成績でいつも叱られていた
・「わたしは先生からも父親からも、普通程度か、
あるいは普通よりやや低い脳力しかないと思われていた」
・父に「お前は射撃と、犬と、ねずみ取り以外には何も興味を示さないが、
そんなことでは、将来自分自身でも後悔するだろうし、
また、きっと家族の名誉を傷つけるに違いない」といわれていた
・医学を勉強するが、講義が退屈することが多く、
そこで父は彼を宗教界に進ませようと、3年間、神学を専攻させた。
が、その3年間は無意味で、祈祷、飲酒、歌、恋愛、遊び、トランプに日々を費やし、
時間の浪費に過ぎなかったという。
・解剖が大の苦手で、医学部を中退している。
・進化論の方向性を確立し、生物学で重要な功績を残した自然科学者である。
・イギリス生まれの博物学者。「ダーウィンの進化論」と呼ばれる『種の起源』を発表した。
「たとえ1時間でも無駄にする者は、人生の価値を未だ知らずにいる者である。」
ホーキング
・学校では平均以上の点を取れたことがなかった。
・大学も追試を受けてようやく卒業できた。
・天才が開花したのは、ALS発症後だった。
ハリソン・フォード
・高校のときに「最も成功しそうにない少年」というタイトルで選ばれ、
いじめられっこで女の子にももてなかった。
・初めての役柄はベルボーイ役で、当時の副社長に「君は才能がない」と言われた。
・スターウォーズやインディ・ジョーンズなどで人気俳優となる
マイケル・ケイン
・学校の校長先生に「君は一生肉体労働者だな」と言われた
・「アルフィー」などに出演のイギリスを代表する人気俳優となる。
稲盛和夫
・京セラの創業者
・中学受験に2度失敗
・仕方なく行った国民学校高等部では結核を患う。
・九死に一生は得たものの、大阪大学医学部の受験にも落ち、鹿児島大学工学部に入った。
・就職でも希望した企業にはすべて断られ、恩師の紹介でやっと入社した会社は赤字が続き、
給料遅配やボーナスなしが当たり前。一緒に入社した大卒者4人は直ぐに辞めた。
・稲盛は「幼いころから今日までずっと、自分は運に恵まれない人間であると、
妙な自信を持っている」と語る。
ロバート・キヨサキ
・『金持ち父さん』シリーズでおなじみ
・ハイスクール時代に落第を経験している。
・事業に失敗してホームレスになったが、そこから10年足らずで、
働かなくても生活していかれるだけの資産を築いている。
・「お金を稼ぐのに、元手も学歴もいらない。必要なのはファイナンスの知識」
スティーブンスピルバーグ
・学習障害の一種(ディスレクシア)のため読み書きを修得する速度が遅くいじめを受ける。
・また映画学科が充実しているカリフォルニア州立大学の入学を希望するが、
入学を3回も断られる。
入学できたが後にその大学を中退する。
・後のアカデミー賞を2度受賞する偉大な映画監督
エジソン
・小学校中退 少年期は家で母から勉強を教わっていた
・担任から「君の頭は空っぽだ」と嘲られるほどの落ちこぼれで、
3ヶ月しか学校に通っていなかった。
・はじめてやった仕事は、「ろくにできない」という理由でクビになり、
その次にやった仕事も立て続けにクビ。
・火事を起こして、職場を叩き出されたこともあった。
・図書館などで独学し、働きながらも勉強に努めた。
・初めて独立したときにはあえなく倒産し、ホームレスとなっている。
「電球が光らないという発見を、今まで二万回したのだ」
「それは失敗じゃなくて、
その方法ではうまくいかないことがわかったんだから成功なんだよ」
「わたしは、決して失望などしない。どんな失敗も、新たな一歩となるからだ。」
谷垣禎一
・自由民主党幹事長
・東大法学部には、1年浪人して入学。
・東大のスキー山岳部に入学したが、活動に熱が入りすぎていつのまにか4回留年することに。
・大学8年生を迎え、ようやく東大を卒業。
・司法試験を何度も受けるが、何度も落ち、最終的には7浪の末に合格。
・これが「谷垣氏は苦労人」と言われる所以であるが、
司法試験の予備校時代に生涯の伴侶となる女性に出会っている。
・文部大臣を務めた父・谷垣専一から「お前は継ぐな」と言われたが、
父の死後、後援会に押し上げられる形で衆議院議員に当選。
・司法試験に合格してから、わずか1年の話。
しかし、自由民主党総裁になれたのは、政権転落後。
・総理大臣になれるかと思いきや、まわりから不支持の宣言をされ、
出馬を断念するなど苦労は今も絶えない。
フォン・ブラウン
『ロケットエンジン』を発明した
・数学と物理の成績が悪かったそう
シュバイツァー
・あまりにも成績が悪かったため、ギムナジウムから退学勧告を受けたことがある。
・3つの博士号を取得した。
田中耕一
・ノーベル賞受賞
・東北大学工学部在学中に自身が養子であるということを知る。
・そのショックの影響もあり、教養課程在学時に1年間の留年生活を送ることになる。
・しかし、前倒しで専門的な勉強に励んだため、卒業時は学科で上位1割の成績だったという。
・卒業後の第一志望だったソニーは、面接で落とされた。
・専攻は電気工学だったが、島津製作所で全く関係ない化学分野の研究に従事することになる。
そこで、『ソフトレーザー脱着法』を開発し、ノーベル化学賞に至った。
・ちなみに、博士号どころか修士号さえ持っていない受賞者は、化学賞史上初。
大前研一
・不登校児だった。
・東大の試験を受けたが不合格になっている。
ジョージ・ソロス
・学生時代の成績が悪かったために就職できず、しばらくフリーターをしていた。
・生活のために金融業界に入ったが、証券アナリストの資格試験にも落第している。
ウォーレン・バフェット
・中学時代の成績は、DやDマイナスが並んでいた。
・ハーバードの面接を受けたが、10分で落とされている。
本田宗一郎
・16歳から奉公に出ていた。
・トヨタ自動車にエンジニア職募集の面接を受けたが、敢え無く拒絶された。
・その後、相当な時間を失業生活することになる。
・ある日、自宅で彼のスクーターを製造し始めた。
・それを見ていた隣人に駆り立てられて、彼は自身のビジネスをようやく始めることになった。
・学校の成績はからっきしで、甲乙丙の丙ばかりだった本田宗一郎。
・若き日に、トヨタ自動車の下請けとして大きな挫折を味わう。
製品が不良品ばかりで、トヨタが合格を出したのは1000個につき僅か3個だった
堀江貴文
ライブドア元社長
・高校時代には学年ワースト10にはいるくらいの成績だった。
・毎日10時間寝ていて、東大に合格してした。
・大学では授業にも出ず、ギャンブルに明け暮れていた。
・1ヶ月1000円で生活したこともあったそう。
・中退し、会社を興した。
・堀江の大学論
「大学は入るだけでいい。コネをつくってすぐやめるべき」
「人生最大の後悔は、大学に長くいすぎたこと」
フランソワーズ・サガン
・大学入試に失敗した
・失意の中で『かなしみよこんにちわ』を書き上げ、4年間で、
現在の貨幣価値にして20億円もの印税を手にしている。