今年も薪ストーブの中では火がめらめら、
ストーブの上に置かれたやかんからは湯気がゆらゆら。
窓の先には、とうに役目を終えた茶色い田んぼと同系色の山しか見えない曇天。
殺風景になってしまったこの窓枠の中の絵に、秋雨が降って、
その絵は窓の結露にぼやける。
肉じゃがを煮込んでかれこれ30分、午後二時、日曜日。
ふと、振り返った先にある居間のテレビには、新婚さん。
お姫様だっこ。
だっこするされるのような関係も楽じゃない。
だっこされる方にも、だっこされるなりの力の入れ方というものがあるのです。
実際、だっこするされるような関係は、望んでいないけれど。
囃し立てられ一度だけ私をお姫様だっこあの人は、まだ帰ってこない。
毎週毎週馬鹿みたいに、
私の淹れたコーヒーに浸ってるんだ。
川の流れは、雨粒の波紋を綺麗に映すほど穏やか。
水槽には、鮎が二匹。
必要な分は、とっくに釣れているものの、
心地良さが勝っている。
眼前にそびえる山が朽ちた匂いと、
家で淹れたコーヒーの香ばしい湯気を行き来しながら、釣り糸を垂れる。
粋だ。風情がある。
ゴッホにでも描いてほしいくらいだ。
釣れてもリリース。
コーヒーが無くなったら帰る。
猫みたいな奴だと言いたくなるくらいに、
あいつは魚を食べる。整然と。
あんまりにも綺麗に食べるから、茶化したことがある。
食べ終わった後の骨で、ちゃんとした和紙に魚拓を作って、
居間のテーブルに置いておいた。
あいつは寝起き眼で魚拓を何秒か見つめ、
何事もなかったかのように、台所へ行ってしまった。
そのまま魚拓に触れることなく、俺とあいつは朝飯を食べ、俺は仕事に行った。
夜になって、仕事から帰ると、
部屋の間接照明に、魚拓が巻かれていた。
居間に魚拓の形をした影が出来ていた。
俺は疲れ眼で間接魚拓を何秒か見つめ、
やはり何事もなかったかのように、寝室へ行き着替えて、
そのまま魚拓に触れることなく、夕食を食べた。
私とあなたは、お互い愛情表現が苦手。
と女は静かに丸い鍋の煮立った肉じゃがを見つめ、
俺とあいつは、お互い独りのときの方が、相手のことを考えるタチなんだ。
と男は、丸い水筒に入ったまだ温かいコーヒーを、見つめている。