私の大好きな少女時代のキムテヨンという人
中学生の時は
少女時代として
数々の大きなステージで
堂々とパフォーマンスする姿が
私に憧れと夢をくれた
キムテヨンという人の個性が
ありありと見えるようになったのは
彼女がソロアーティストとして
デビューしてからのこと
それまで信じられないくらい大きな舞台で
大勢の人の前で
完璧なパフォーマンスをするような
彼女ばかり見てきたから
「一人でここに立つのは緊張します」
という言葉が信じ難かったけれど
時々不安そうに歌うようになった
それでもやっぱり凄かったけれど
彼女の繊細な一面が見え隠れした
満足いかないパフォーマンスに涙を見せる時
彼女がプロフェッショナルであることとは
別のステージで
一人の人間としての心を抱き締めたいような
気持ちになった
…イメージの話なので
気持ち悪がらないで欲しい
ここ何年か彼女はとても危うげだった
大切な人達との別れも影響し
彼女がとても不安定なのは明らかだった
昨年は鬱病も告白した
優しくて、慈愛に満ちていて
繊細で、それゆえか少しアンバランスでもあって
でも経験とそこに付随する細やかな心情も含め
彼女はいつでも表現者なのだ
少女時代のキムテヨンが
無敵のメインボーカルだったとしたら
ソロアーティスト、テヨンは
間違いなく『アーティスト』だ
彼女にとっての歌は
自分をストレートに表現できる手段なのだと
肌で感じる声だ
ボーカリストもまたアーティストなのだ
と当たり前のことを最近改めて理解した
彼女が感じる全ては
表現者として価値あるものなのだ
私は彼女が益々好きになった
そこにのっている感情が
いつだって愛おしくて仕方がない
それが自分の感情に触れる時
私の乏しい語彙では表現し難い化学反応を起こして
胸が揺さぶられるのだ
アートってきっとそういうものだろう
消費者にしかなれない私だから
もしかしたら違うかもしれないけれど…
私はそうだと思っている
内面に抱えるものを表出させる手段は
誰かにとっては言葉で
誰かにとっては美術で
誰かにとっては歌で
誰かにとってはダンスで…
きっともっと沢山あるだろうけれど
揺れ動く内面に触れるのはいつだって神聖だ
そしてそんな表現に
受け取る側が揺さぶられている瞬間が
私はとても好きだ