働いても、短い時間で微々たる額しか

稼ぐことのできない私。


長い時間働けるように

体調管理の精度をあげることで

頑張れないか…と

何年もかけて頑張ってみたけど


病気による影響でどうしても難しくて

泣く泣く今の働き方に照準を合わせ直して

一歩進むことを選んだ。



そんな働き方をしている自分の

“働く”の価値は低いと思い込んできた。


今もまだ

自分の働き方に満足が出来なくて

コンプレックスを抱えている。



でも働くことの価値は

自分の食い扶持を自分で稼ぎきる

以外にもあることに

少しずつ目が向けられるようになってきた。


社会と繋がれる

お金を稼げる自分に自信が持てる

自分の仕事が直接的にも、間接的にも

誰かの力になっているかもしれない

仕事が楽しいと思ってる自分がいる



なりたかったのは自立した私。


自分の人生を自由に選べるくらい

暮らすのに困らないよう仕事できる人。


人生の主導権を自分で握るために

お金を稼ぐ能力は不可欠だと

今もどこかで感じている。


正解不正解は人によって違うと思う。

私も何となく「正しい」はしっくりこない。



でも今なりたかった私じゃないからって

働いている私の価値が低いわけじゃない。



少し前まで、何年も

喉から手が出るほど欲しかった

“働いている私”は今私の手の中にある。


大したもんじゃないか。


あの頃キラキラして見えた姿の私を

誰かと比べることで

なんなの変哲もない些細なものだと

思いこんでしまうのは勿体ないな

と今日はっとした。



私はちゃんと自分の人生を歩き始めている。

それは真っ直ぐ評価してあげよう。


今、自分が出来る精一杯を頑張ってる。


それでいいんだ。