色々なテレビ番組で
「最近の子は怒られ慣れていない」
なんて言われているのを耳にして
私としては耳の痛い話なのですが…
思い返してみると
ガツンと怒られた相手として思い出せるのは
自分の親か
小学生の頃のミニバスの監督くらいで
他にパッと思い浮かぶ場面は特にはなく
周りの子の様子を見て
これはやっちゃいけないことなんだな
と認識することはよくあっても
怒られたこと自体は少ないような気がします
逆に自分の親以外で
「それはやっちゃいけないよ」と
教えてくれる大人って
あまりいない気がしませんか…?
私の気のせいかな?
怒ること、叱ることに限らず
困っている見ず知らずの人に手を貸したり
お互いに声をかけたりするのも
する人としない人とで二極化な気がしますし
気づいていても
自分のパーソナルエリアからはみ出して
他人と関わる人や場面って
すごく少ないような気がしてしまいます
ダメなものはダメだと
教えられなくちゃ知らないまま大人になります
最近の子はこんなこともできない
というのも私には耳が痛いワードですが
出来ていないことを知らずにいる
ということも、自分含め意外と多い気がします
できることなら
出来てないことを教えて欲しいです
言われて初めて気が付くことは沢山あります
そして、それを教えるのは
必ずしも親だけでなくてもいいと思うんです
以前スーパーの雑誌コーナーで
小学生くらいの子が
本棚の足元あたりの本の山をよけて
空いたスペースに座って本を読んでいました
私はどうにも苦になったので
「そこは座っちゃダメよ」と声をかけたら
ビックリしていましたが
そのあとしゃがみこんではいたものの
本棚の端に座るのはやめたみたいです
別にそれでいいと思うんです
通りがかりに見かけて気になったから声をかけた
受取手はびっくりするだろうし
いい気分にはならないかもしれないけど
ダメなことをダメだと知らないまま
別の場所で同じことを繰り返してたら
彼はきっと色々な損をします
親が言うから伝わることもあれば
親じゃないから伝わることもあります
親が見ていないところで
上手にやることだってあります
親が知りようがない場面だってあります
親自身が知らないことだってあります
気が付いた人が言えばいいと思うんです
逆に私が言われる側の立場だったとしても
知らないまま色々な場面で損をするより
知って気をつける方がずっといい
最近の子は怒られ慣れていない
最近の子はこんなこともできない
もしそうなのだとして
それは“最近の子”だけの責任なのかな?
と疑問に思ってしまうのは
最近の子であろう私の責任転嫁でしょうか…