私は昔から
いじられキャラに位置づけられることが
圧倒的に多くて

からかっているつもりなのか
実際そうなのかは分かりませんが
バカにされたり
けなされたりするような言葉を
投げかけられることも少なくなかったです


言われている時は苦笑いで取り繕っていても
むやみやたらに何度も言われていると
どうにも悔しくなってきて

言わせない私になろう
とても言えないくらいに見返してやろう
と思い、一生懸命になったことも
また何度もあります


学生時代は勉強や部活、習い事
見た目はファッション、ヘアメイク、ダイエット
人との関わり方、言葉の選び方、行動の選び方

今でも日常生活で
『出来ない』ことをバカにされたら
同じことを言わせないように
コツコツ努力しています


だけど今までの経験から
私はまた知っているんです

そうして無責任に色々言ってくる側には
大した意図がないこと、
成果を出したところで正当に評価されないこと、
挙句の果てには変化に気付きもせずに
いつまでも“できない私”として
扱い続けることもとても多いこと


結果として私は
努力の過程や成果を得ているから
無駄ではないのですが

結果や成果を出したところで
それを見る気すらないその人たちは
いつまでも好き放題言います

結局は言う人の問題だ、ということも
とても多いんです


だから言われても気にしない、とは
とてもじゃないけれど言えません

言われて嬉しくないことは
どこまで行っても嬉しくない
悲しい、切ない、悔しい、腹立たしい

でもそんなクソみたいな人たちのために
自分を嫌いになる必要はないとは思っていたいな
と、今は思っています


無責任に自己肯定感を
へし折りに来る人たちのために
へし折れる必要はない