環境大臣賞:中学生部門
タイトル:【小さなことから】
静岡県 中学校2年生 平井 翔子
「牛ふん尿発電」太文字で書かれた新聞の見出しを見て、思わず私は吹き出した。「ふんと尿で発電?何だか臭くて汚そうだけど、本当に発電されるのだろうか?」そう思いながら記事を読み始めた。
酪農王国である富士宮市では、過剰に発生するふん尿による土壌や水の汚染が問題になっている。そこで、回収した大量のふん尿を発酵させ、その時に発生するメタンガスを使って発電するというプロジェクトが今秋始まるのだ。ふん尿によって出来た電力の一部は、下水道処理施設で利用される。そして同時に発生する消化液の浄化も行い、最後は液肥として牧草地に散布される。そこで育った草を再び牛が食べる。国はこのような循環型社会の構築のために、11億円もの事業費を負担するそうだ。
今まで使い道が無く捨てていたふん尿から電気を作り出すとは、なんてエコな試みなのだろう。それにしても11億円もの莫大な費用がかかるなんて驚きである。エコな取り組みは素晴らしいが、こんなにお金がかかるものなのだろうか。お金をかけずに私にもできることはないだろうか。
私はふと数週間前に穴の空いてしまった靴下のことを思い出した。履いていると指が穴にはさまって、とても気持ちが悪い。ゴミ箱に捨てようとしたら
「もったいないねぇ。穴を縫ったらはけるよ。」と母が言った。確かに穴さえふさげばまだ充分に使える。私は自分で直してみたくなり一針一針丁寧に縫った。一応、穴はふさがったが見た目は悪いし、縫い目が指に当たって履き心地も悪い。でも、その靴下を履いて直した部分を見る度、何故だか幸せな気持ちになる。それは、丁寧に縫った事で愛着を感じるからだ。しかし、既に修理した部分に再び穴が空きそうだ。再び空いたら、今度は母が当て布をしてくれるそうだ。それでも、また空いてしまったらどうするのかと聞くと、
「最後は靴磨きに使うよ。」
と言った。そこまで使ったら、靴下の役目は終了だ。最後の最後まで使い切ったら靴下は嬉しいだろうし、私自身も嬉しい。
私は今回、靴下の修理をしてみて、物を大切にすることは良いことだと改めて思った。修理して使い続けることは、時間と手間がかかるが、エコにもつながるし、自分自身も幸せな気持ちになる。自分に出来るエコ活動はお金をかけなくても、どんなに小さなことでも良いと思う。私たち一人ひとりが意識していけば大きな力になるからだ。