最近、ちょっとmixiが疲れてきています。

ななは仕事柄と趣味でカメラや寫眞の話をよく書くのですが、所謂ひとつの…


カメラ小僧もしくはカメラヲタクと、写真ヲタクは違うわけで…


ななはカメラは大好きですが、カメラ特にデジタルカメラヲタクにはなりえないなぁと、痛感しました。


ななは、「寫眞を撮る」と言う行為が好きであって、カメラのスペックについて薀蓄を述べるのも、寫眞のセンスならまだいいのですが、技術や撮り方?に薀蓄述べるのも「好きな行為」ではありません。


仕事での寫眞について、レクチャーして頂けるのなら大変ありがたいのですが、趣味で撮ってmixiとかに簡単アップ!みたく載せている寫眞に対してまで、色々言われたくありません。まぁ言われたわけではありませんが、ある人が自分の写真(あえての写真です)について、これはこういうスペックのレンズのなんちゃらという特性をこういう風に活かして撮った写真です!みたいに説明されても、「興味ありません!」としか言えません…


寫眞(あえての寫眞です)に対する情熱や情感、感受性などを多いに受け止める方などはとても素晴らしいと思うのですが(そういう人の方がセンスあったりします…)、所謂、カメラマニアのスペック自慢などは大して面白くもないですし、特にデジタル時代になってからのデジタルカメラの演算処理の良し悪しまで語られては、とても返信する気になれません…


ななは一応プロやっていますが、基本的にノートリ・jpeg提出が多いです、実際。だからハイアマの方々がRAW現像で、「これこれこういう現像をしたから美しい写真(あえての写真です)が出来上がったのです」的な説明は聞き流しています。その方の情熱には失礼ですが…


ななはフィルム時代から、「現像」と言う行為にはあまり興味を持てませんでした。少しかはモノクロの現像等はやってみたいなぁとは思いましたが、デジタル時代のRAW現像なんて微塵も興味ありません。作品集を作るならまだ話は解りますが、趣味や納期厳守の仕事の寫眞は手間暇かけずに、jpegノートリで撮ります。もちろん画像加工もしません。素のままで提出します。「レリーズをきったその瞬間」に、既に寫眞と言うアートは完成されていると思っています。


と、寫眞論を語るとななもただの寫眞ヲタクになりますので、これ以上は辞めておきますがあまりライバル心や対抗心を持ってかかられても困っちゃいます…


逆にあまりカメラや寫眞に対する知識や技術がない女性の方の方がそいう方よりもよっぽど素敵な寫眞を撮っていたりしたりします。技術的には未熟でも。情感が伝わりますから。完璧すぎる写真ほど面白くないものはありません。



「人間だもの」と言う言葉が好きなんですが、アートとはいえ所詮、人間だもの、です。心の乱れが寫眞に現れちゃうくらいの寫眞の方が、ななは好きで~す。



愚痴っちゃっいました。あーあ。



正直、自分の技術に自信がなくなってきているのも事実です。何せ、10年くらい前にカメラや寫眞のことなど何にも知らずに撮った寫眞が、プロ先輩に褒められるっていうことが多々あります。下手にカメラに首を突っ込んだばかりに、「無垢な感情を鏡のように写す眞實」からどんどん離れていってしまっているのでしょうね…



mixiでコミュでオフ会とかやったのですが、写真学校の方達とお会いする機会があったのですが、とっても若くして、センセーショナルな寫眞を撮る方達を見て刺激を受けたのも事実です。目が肥えてきたばかりに、innocentな寫眞にとっても刺激を受けました。そういう機会を存分に活かしたいと思いますし、吸収したいと思います。




長くなりましたが、本日の愚痴コーナーでした。ちゃんちゃん。

あんまり、仕事に情緒を挟んではいけないと思いながらも、これだけはななの心に深く遠く残る記憶と記録。


こういった私感などを含めた日記はmixiや会社のブログでは書けないので、ここに記します。



2010夏。

ななはある少女との出逢いから、沢山の勇気と生甲斐を頂きました。

これは、君からの贈り物~GIFT~だと思って素直に受け取ります。



ななは今、幼稚園児を1年間追い続けて撮影し、1冊のフォトアルバムにするお仕事をしています。

最初は、10人の幼稚園児を受け持つ予定でしたが、あまりのスケジュールの過酷さに一時期断念し精神的にも若干不安定になっていました。


請負元と色々お話をし、1園1人の園児を受け持つようにシフトを変えました。

それからと言うものの、1人の園児~少女~と共に、一緒に北海道にしては暑い7月、夏を迎え共に過ごしてきました。


寫眞を撮るものと、撮られるもの。

そこには確かに、お互いの成長を刻む「寫眞」と言う記憶と記録が残されていきました。


たった3週間の出来事でした。

たったそれだけの月日でしたが、ななには大きな大きな、ホント人生でも大切な時間を過ごせたと思っています。


技術と思い出と情景と感情と記憶が、一つになって描かれる絵「寫眞」。

たった761ピースのデータだったとしても、そこにはななのカメラマンとしての歩んできた軌跡が深く刻まれていました。



present from you.


君からの贈り物。



ななは君を追い続け、君を撮り続け、君を思い続けてきて、大きく成長したと、今改めて過去データを見ていると思います。最初は覚束なかった表情や構図も、月日を重ねるにつれて彼女の表情も豊かになり、また構図も大胆になり、カメラマンと被写体の関係がみるみる良くなっていった事が見て取れたからです。



これから夏休みに入るため、撮影業務はいったんお休みとなりますが、夏休み明け、君はどんな表情を持ってくるのだろう。どんな成長を見せてくれるのだろう。



そしてこれから半年。これからも付き合っていくカメラマンと被写体の関係は、どんな成長を遂げるんだろう。



君とつないだ夏、2010年。



ななの心の記憶に深く刻まれた夏でした。




今日、友達のカメラマンと一緒に、ストリートスナップを撮影に行きまして、友達の友達のモデルさんと初めて出逢いました。


撮影し、お昼どきだったのでその後お食事に行きました、みんなで。


モデルさん、Iさんとしておきます(もちろん女性です)が、Iさん、とても凄いんです!

話がとってもユニークで、個性的で、みるみると引き込まれました。


僕も、Iさんワールドに引き込まれている中で、イロイロ考えながら話していたのですが、もうIさんワールドは止まりません。僕は、一瞬でIさんに魅了されました。



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思考停止

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奥が深い!と思いました。

人間って奥が深い!と。


僕の友人で、Tさんと言う女性の方がいるのですが、Tさんもかなり自分の世界感を持っている方で一緒にいると愉しいのですが、Iさんも負けじ劣らず凄い世界感を持っていました。


僕は、僕の持論でしかないのですが、兼ねてから【女性の世界感の凄さ】を説いていました。


単純に自分が男で、女性(異性)の価値観がどうこういう次元の話ではなく、誤解を恐れずに言うと、女性特に妊婦さんやお子さんが小さい頃のママさん、は少なからず、「その方がそれまでに過ごしてきた人生」を大幅に覆す「人間の力」を感じることで、ことによって、受けた影響を他人に伝える、いや他人が勝手に伝わる、「神秘さ」を感じることが、少なからずあります。


【圧倒的な現実感】

【女神のような神秘感】

【そして、全てを包み込むような…】


そうですね、これらを言葉で表すのはとっても勿体ないので辞めておきますが、僕は度々こういう衝撃的な出逢いをしたりします。


多分、もう1年後でも、もう1年前でもダメだったでしょう、僕が感じた「魂」は。今、リアルな今の出逢いで、今のタイミングで出逢って初めて生まれた【セッション】なんでしょうね。


久々に「魂が震え」ました。


「なな」という物語に、度々登場するこの【セッション】、どういう意味があるのでしょう?僕は不思議でなりません。物語をもう少し進めてみなくちゃ解らないことなのかもしれませんが、きっと訳があるはずです、理由があるはずです。


ソウルメイト、そう呼ばせてください、Iさん。