見えない世界を追い求める | チエでつながる, ワザでつながる、ココロでつながる、価値を生みだす           ~ 物語思考が世界をかえる

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この世に生まれて間もなく、人は「ものがたり」と出会い、そこで広い世界とのつながりを作ります。このblogでは、「ものがたり」と共にある人の可能性を探求していきます。

 

 

一月ほど前から、

「華厳経」というお経を、毎朝一節づつ音読しています。

 

勿論原本であろうはずはなく、

現代文に意訳されたものです。

(「現代意訳 華厳経」(原田霊道)

 

現代文ではありますが、難解で漢字の読み方が分からず、

意味はもっと分からず、

そんなんで読んでいても、意味無さそうな感じもありますが、

読んでいると、不思議に心が落ち着いてきます。

 

「華厳経」を読み始めたのは、

恩師である内山節先生からこのお経の話を聞いて、

そこに展開されている世界観に惹かれた為でした。

 

自分の中では、訳も分からずお経を読むことで、

その“華厳経的世界観”と繋がっている感覚に浸ることが出来る。

それを味わっているだけなのかもしれません。

 

「華厳経」の世界観とは、

一言で言えば『世界は全部繋がっている』というもの

(だそう)です。

 

見た目にはバラバラに見えるものでも、

目に見えない奥底の辺りでは

互いに結び合い、溶け合っている。

 

自分という人間は、見た目には一個の個体としてある様に

見えるけれど、それは目に見える世界でのことであって、

本質はそんなところにはない。

 

全てのものと結び合って存在している自分こそが、

その本質なのだ、と。

 

年齢のせいもあるのかもしれないですが、

人間の生き方は、

この“目に見えない世界”、“科学的に解明不可能な世界”を

どう捉えているのか、という部分とつながっているものだと

最近よく思うようになりました。

 

見えない以上、正解は永久に分からないのだから、

あとは信じるしかない。

 

僕の場合は信じるというより、自分の経験とか価値観に

照らして、一番しっくりくる“世界観”を取り入れる、という

言い方が正しいかもしれません。

 

大事なことは、

この目に見えない世界についての

“自分に合ったイメージ”、“自分流の世界観”を、

分からないなりにも追い求めていくことではないか。

 

これだ、と思えるものがあったら、可能なアプローチで

探求してみる事ではないか、と

 

そう思うようになってきました。

 

それがきっと、自分らしい、自分が納得できる生き方に

つながるのだろうと、

そう思うからです。