皆さま、こんばんは、
『越境コラボ塾』 塾長の 真門 です。
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多文化・多国籍・多世代がコラボレーション
する時代の、人と組織を考えるブログです。
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読売巨人軍がONを擁して9連覇を達成した時代の監督だった
川上哲治氏の訃報が入ってきました。
あの時代、田舎の小学生だった私は、当たり前の様に巨人ファンで、
専ら巨人の選手に偏った知識しか持っていませんでした。
テレビの野球放送は、巨人戦しかやっていなかったのです。
当時はドラフトも無く、財力と名声、読売グループの発信力に
支えられ、高校、大学でトップの選手の大部分を巨人が獲得できた
時代でした。 思えばかなりの程度にやりたい放題でした。
その流れのまま、割合最近まで私は巨人ファンでした。
このパターンの人は、私の年代では結構多いのではないかと思います。
(ちなみに現在は楽天ファン、そしてアンチ巨人です。)
その時代は、東京オリンピックから大阪万博の時代とも重なります。
日本全部が女子バレーボールや男子体操の金メダルに熱狂し、
万博開催に誇りを感じていました。 この燃え方は最近の女子サッカー
より熱いものだったんじゃないかと思います。
大リーグを制したカージナルスとの親善試合に、オールジャパンが
1勝を挙げたと、大騒ぎで報じられていたのを思い出します。
今、改めて当時を振り返って思うに、あの頃の日本は三角形でした。
人口ピラミッドもそうだし、権力構造もそうでした。
野球も司令塔はベンチに集中していて、選手は指示通りにプレーする事が
当たり前でした。 コミュニケーションは基本的に一方向でした。
川上監督は、そういうレベルでの管理技術に優れていた印象があります。
そしてそれは会社も学校も家も、かなりの程度に共通していたと思います。
ジャイアンツの一極集中は、象徴的です。
自主性という言葉は無論有ったでしょうが、今の状況と比べれば、
大分限定されたものだったのではないかと思います。
そして今、あの三角はほぼ無くなってしまいました。
これはよい意味もあり、困った意味もあると思います。
いずれにせよ、三角時代とそうでない時代は人の関わりも随分変わって
くるので、そこは意識してこれからの社会を作っていかなければいけません。
川上哲治氏の御冥福を、心よりお祈りします。
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最後までお読み頂き、有難うございました。
『越境コラボ塾』 塾長
真門
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株式会社エイシア
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