苦情対応は「引き分けで勝ち点1、八百長なら勝ち点2」 -2ページ目

苦情対応は「引き分けで勝ち点1、八百長なら勝ち点2」

苦情受付係を担当した経験から、苦情を受け止めつつ、自身は必要以上に傷つかずに「聴く」方法を研究。
「苦情には勝たない」。これがゴールへの最短ルートと確信しています。

「謝ること」は苦情対応において極めて重要な行為だと、私は信じています。


「謝ったら負け」。じつに罪つくりな言葉です。しょぼん


お客と接する機会のある職業に就く人すべてに、これだけを伝えたくてブログを書き始めました。


この言葉に縛られて、いったいどれだけの人が苦しんでいるのでしょうか。


1年ほど前でしょうか。
某大臣と住民が、ある問題について話し合いをしている映像がテレビでしきりに流されていた時期がありました。


大臣は住民の意見や苦情に対して、大事な部分は譲らず、謝るべきところは丁寧に謝っていたのです。


その姿勢に「神か! 大臣!」と、テレビにかじりついてしまいました。


もしも謝ることを一切しなかったなら、この場はもっともっと荒れたはずです。


苦情に対しては、まずは損ねた感情を修復することが大切。


そのためには、「謝ってほしい」という相手の気持ちを大事にしなくてはなりません。
注意:「○○については、誠に申し分けございません」と謝る部分をはっきりと述べます。


謝ることによるメリット3つ。

①謝ることで、お客様の損ねた感情を修復できる。

②謝れる部分を一生懸命探すことで、相手の気持ちに近づける。

③「譲歩」を「与える」ことで、相手は譲歩する気持ちになる。



③は悪魔的な考え方。心理学で「返報性」と呼ばれるものです。


私たちが親しい友人からプレゼントをもらったとき、「何かお返ししなくては」という気持ちが働きます(返報性)。


この「プレゼント」が、「申し分けございません」という「譲歩」なのです。


「謝れるところは誠意を込めて謝る」。
たったこれだけで、苦情の対応が今までとは別世界のように楽になります。


WIN-WINの関係になれるのですから、謝ってもいいじゃないですか。ニコニコ
「苦情の元になった問題はまったく解決されていなくても、ゴールにはたどり着くことができる」。
私は、こう思います。

なぜなら、デパートの地下でケーキを売っていた20歳代の若い女性(以下、デパ地下女子)が気付かせてくれたからなのです。



ある日、私は新幹線の時間を気につつ、あるデパ地下でケーキを買うために順番待ち。


急にお客が増えたために順番待ちの明確な列ができず、20歳代の女性が秩序が保たれるように注文を受けていました。


しかし、私の頭越しに注文をするお客が現れ、一瞬にして場は凍りつきました。


声のした方向に視線を向けようとする私に対し、間髪いれずにデパ地下女子の言葉。


低く丁寧な声で「お客様。申し訳ございません。次は、必ず、お客様のご注文を承ります」。


続けて「その次はお隣のあなた様のご注文を必ず承ります」と次々と他のお客にも説明。


新幹線に乗り遅れるかもしれない、順番を抜かされたという現実はまったく変わっていません。


にもかかわらず、順番待ちをしていたすべてのお客の損ねた感情を、一瞬にして修復。


大して傷付いたこともない私ですが、「『癒やされる』とはこういうことか!」と感動したものです。ニコニコ


声かけの絶妙なタイミングを思い出し「神か! デパ地下女子!」と心の中でツッコミを入れて帰路につきました。


密かな嫉妬心を抱きつつ。新幹線に乗り遅れながら。



彼女のすごいところは次の3つだと思うのです。


①お客に安心感を与えた。

②お客(私)の反応を見逃さなかった。

苦情を未然に防ぐ立ち振る舞いが身にしみついている。



もしも、問題解決が「絶対」ならば、苦情対応においてそのほとんどがゴールにたどり着くことはできません。


解決することができない問題、人の主観から生じた苦情がじつに多いからです。


だから「苦情の元になった問題の解決は二の次にして、まずは損ねた感情を修復する」ことが、私の軸になっているのです。