親子の絆とは、子供が 「頑張ろう」 と思う気になる源である。苦難を乗り越え、将来に向かう元気が湧く根源であり、期待に応えようと頑張る基である。ただし親は過度な期待はしないこと。
幼児期において、許せる範囲であれば若干の危険があっても本人が興味を持ってやるのならやらせること。何もかも危ないからと言ってやらせないのは子供の為にならないし、子供の成長におけるバランス感覚をも奪う事になる。例えばハサミやカッターナイフの使用については、道具の選定や安全な扱い方を教えながら一人でやらせればすぐに上手になる。
「心配する」 と 「迷惑をかける」 は意味が全然違う。 「迷惑」 は金品が関係してまさに相手に 「迷惑をかける」 わけだからこれはまず避けなければならないが、 「心配」 は精神的な範囲でたまには相手が勝手に心配することもある。子供のことについて心配すれば限が無いし、子離れの大事さを認識すべきだ。
最近のデータによると新入社員において、入社3年以内の離職率が全国平均で30%弱と聞くが、親の願望や命令でなくて自分の意思で職業を決めたのならそう簡単には辞められない筈だ。 早期の自立や自身の考え方を持つことがいかに必要か。進学や部活などの選定決定も同じで、小さい頃から 「自分のことは自分でする事決める事」 と習慣づけ、親のアドバイスはあってもいいが決して過干渉な意見は言わないこと。いかにして 「小さい時から自立する力を備えられるか」 「自分のことは自分でする」 「将来自分のやりたい仕事は何か」 を身につけることができるか、大変大事なことだ。
親が子供に小遣いを与えたり仕送りをするのは必要でありあたりまえではあるが、では一体いつまで続けるの?いつやめるの?。親が生きている間ずーと何歳にもなる大人に金品を与えるの?。以前流行した林修先生の逆で 「いつやめるの?いまでしょ!」 に該当したほうがいい状況下にいる方もおられるのではなかろうか。親が子供に援助している限りは、子供が何歳になろうとも親は 「口出し」 を続けるだろう。昔は20歳になった頃には一家の大黒柱として遣り繰りをしていたと思う。子供を自立させるためには私の持論である 「銭も出さんが口も出さん」 はどうだろうか。
中高生時代の自転車通学において、それを親子で確認し合いそして約束をしたなら卒業するまでやり通すことができるか。雨の日も風の日も夜遅くなっても、親は迎えにいってはいけません。(ただし女の子なら夜は安全上別) 親が迎えに行ったほうが気が楽になるから、我慢しきれず手をさしだすでしょうね。でもほんとうは間違いだと思います。3年間やり遂げたらすごい自信になるでしょう。(後日掲載を予定していますが自転車通学は一石三鳥です)