ワンウニのブログ

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~~おだ塾~~

子育てとは一言で・・・親が我慢すること耐える事


①子育てはお金でするものではない。では何でする? 
②絶対にしてはいけないこととは? 
③低所得者層を逆手にとって・・・  

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 今 世の中で 「低所得者層」 というゾーンがあり、自身が好んで入ったわけではないのだからそれを逆手にとって 「高所得者層」 の人には出来ないお金ではない真の愛情で子育てをしてみようではないか。


 学資は捻出割合はそれぞれだが、奨学金・アルバイト・親などからの仕送りで成るであろう。私は奨学金とマイホームのローンは借金の類ではないと認識しており、奨学金は絶対に借りた本人が返すべきである。借りた本人以外が返済するとその人からの仕送りになり、奨学金にはならない。ただ最近は金利の割合が多くて返済を滞納している人が多いいらしいけど、借りるときの計画をしっかり立てる必要がある。


 「兄弟が仲良くすることが親孝行、親夫婦が仲良くすることが子供孝行」 とある人の持論を聞いたことが有るが 「高所得者層」 にありがちな、お金や財産をたくさん持って死んだ時の財産相続で子供たちが揉めるほど親として情けないことはないと思う。それにたいして 「低所得者層」 においてはそういう揉め事について心配する必要がないので、さらに逆手にとり心強い味方と考えるべきだ。


 質素に育った子供は、その時はおもちゃや小遣いなど豊かな家庭の子供と比べて寂しい思いがあるだろうけど、大人になって理解・納得できるし、むしろ甘やかされずに育ててもらったことを感謝するかもしれない。いや感謝するでしょう。


 好天時に戸外にて親子でしっかり遊びそして運動を行い、さらにはお金のかからない家族全員での行事を楽しむ。お勧めはハイキングとか山登りだ。ガソリン代だけを持ち、コンビニへ寄りたい気持ちを我慢し、親が作ったおにぎりと家で沸かして冷やしたお茶をリュックに背負っての出発は安くて楽しいよ。


 昔から 「子供は親の背中を見て育つ」 との名訓があるように、夫婦の連携をしっかり行い親が一生懸命働いていれば、我が家にお金が無くっても子供は分かってくれるはず。 「働かずしてお金が有るより働けどお金が無い」 のが子育てとして貴重だ。



 最後のとっておき!


「我が家に財産はないけど、あえていえば子供かな」 と言えるような子育てをしてほしい












① 教育現場の仕事をスリム化する

 今の子供たちを見ていると不安でたまらない。夢や希望を失い、生きる価値を見失っている子供が多い。学校現場においても、いじめ・不登校・暴力の渦の中に置かれている子供たち。このままではいけない。何とか以前の生き生きとした子供たちの姿・自分の目標に向かい、心豊かに生きる子供たちの姿を取り戻すにはどうしたらいいのだろうか。


 そのためには家庭教育が最も大切ではあるが、学校教育の存在力も 「大」 である。まず子供たちと接する教職員が日々輝いていなくてはならない。しかし現在教育現場においては、日夜報道されるように様々な問題が山積し教職員は非常にストレスを抱えておられることと思う。その問題の解決や対応に時間をとられ、本来の教育指導が出来にくくなっているのが現実ではなかろうか。


 そのような状況の中でいかに教職員の環境をベストの状態に近づけ、高いモチベーションを維持して教育指導にあたっててもらうかが重要である。そこでスリム化とは、現行の行事・会議・提出物などを見直し、条例の範囲内での学校独自のスタイルを確立すべきです。教育委員会からの縛りがあって大変なことではあるが、そこは校長の裁量により克服し今一度整理し、無駄や必要でないと思われる事をやめるべきだ。


 その事により教職員においては時間的・精神的に余裕がでてきて本来の姿であります児童・生徒・保護者そして地域との接触やコミニュケーションがなされ、お互いの信頼関係が確立されると思われる。



② 中学校以上の部活の必須化をする

 昔から語られてきた 「文武両道」 の精神そして格言は生きているし実現できます。とくに運動部は大事です。


 生徒の自由な時間が少ない昨今ですが、部活をすることにより 1)心身とも鍛えられる 2)先輩後輩の秩序が鍛えられる 3)家庭で短時間での集中学習力が養われる など時間を持て余す 「帰宅部」 よりはるかに充実し、高等学校へ進学しても有利となり、社会人になったら即戦力でしょう。(類似する例として、春の全国選抜高校野球大会での21世紀枠に選ばれた学校はすばらしい事です)


 指導者については当然教職員が中心ですが、地域又は学校のOBの方に加わっていただくなど各方面にご協力をお願いする。そしてメリハリをつけ、自由時間を与えるため適度に 「練休日」 を設け、教職員には休祭日の出勤を交替とする。



      学校運営の手段・方法


[1]  学級運営は担任教諭に任せる

    

    「当然 総責任は校長にある」 という大前提のもと、学級及び教科担任は年間計画に基づき、自分

    の考えそして自分の力で最後まで責任を持って当初目標とした結果をだすこと。

   

       {これをやり遂げることにより、力そして自信がつきます}



[2]  学校の内部の運営は教頭に任せる


    校長として教頭にたいする意見や要望があるなら二人だけで話し合う。教諭の前では教頭の批判 

    などは絶対にしない。


       {言う事とやる事が違ってはいけません}



[3]  校長は対外的交渉に徹する。校内の雑役係を積極的に行う。


       {平時、学校長は脇役・影役に徹したほうがスムーズに進みます}



 追記  学校運営がうまくいけば 「教頭や教諭がしっかりしとるけーよ」 

      逆にごたごたしとれば 「校長がつまらんけーよ」 が世間の結論です






 学校とは 「すべて校長の責任のもと、独立組織として責任をもって目的を達成しなければならない」 というのが私の持論である。しかし似たような状況下にある民間企業と比べて倒産が無いので恵まれている。ただし子供たちを教育する組織と、利益を追求する人間が集まった団体とは比較できないところはあるが、なにかあった時の最高責任者は学校では校長であり会社では社長であろう。


 学校には上の組織として教育委員会があるが、いざという時にこれほどあてにならない上部組織はないと思う。いま世間で議論が始まっているけど果たして100%学校現場にたいして役にたっているだろうか。


 学校長の起用採用条件として退職金受給資格が満たされている人を対象に1~3年契約とし、その後は評価など総合的に判断をして再契約を行う。不向き・不適格者であれば降格かすぐ辞めtrもらう。(その人は一社会人として世間で鍛えなおしてもらう必要あり)  一般教員から採用適任者がいなければ、民間人からどんどん登用すればいい。ただ民間人も優秀な人はなかなか会社が放さないから、期限付きで出向してもらう方法もある。


 全国には堂々と自信と信念を持ち日々頑張っておられる校長先生もかなりおられるが、多数の方がわが身可愛さあまり保身だけに精進されてはいないだろうか。日本には上司責任・結果責任という文化があるが、平素の実績を持ちながらも、もし運悪く何かがあってもその校長が教育界に必要なら教育委員会が守ってくれるか、またはもう一度仕事をするチャンスをくれなければならない。


 ただし潔く責任をとって辞めてもその 「生きざま」 があれば、その校長はどこででもメシを食っていけるだろう。(似た例として民主党政権時代、経産省のキャリアでありながら自ら国家公務員改革などを推し進めていたところ窓際へ寄せられ、さらに政府から肩たたきを受けて退職されたけど、しかし今は全国各地で活躍中の古賀茂明さん) 逆に教育委員会にペコペコして 「定年退職まで平穏無事に」 と役職にぶらさがり、そしてその時を待ち続ける方は退職後の一般社会での存在感が無いと思う。




 学校長たるもの


1、銭を使え!(日本には上司・先輩がおごる文化伝統がある)


2、「真の親分」 であれ!(いざという時の責任)


3、威厳は校内ではなく教育委員会へ示せ!(わしに任せという自信)




 追記 1 校長にかぎらず教職員は平素からどしどし民間人と付き合い、厳しい意見や情報を提供してく

       れる所謂 ”酒飲み友達” を持つことが必須だろう



 追記 2 校長が精神的な理由により病気休暇を取得するなら、教育委員会はお互いに不幸な思いをし  

       ないために辞職を勧告するべきだ