アルバムツアーでの演奏は今でも鮮明に覚えています。
外は茹だるようなクソ暑い日。
ガンガンのハードロックなのにイントロで鳥肌のせいか一瞬体温が下がった。
しかし最初のサビからは体温は上がりっぱなし。
そして最後のマイクパフォーマンスで身体中が最高潮を迎えたことは言うまでもないでしょう。
LIVE で演奏してくれたおかげで好きになった曲です。
"飽きっぽい女性への愛" を歌っています。
そう見せかけて実は風潮とか世相批判かと思いきや、本当に「あなた」だけにひたすら『もっとながい間 愛してくれませんでしょうか?』嘆願しています。
他の曲でも何度か説明しましたが、"愛する" ではなく「愛してくれ」とは実にフェミニストの作者らしい言い回しですね。
好きですよ、こういうフェミニズムww
しかしこのカップルも危機的状況のようです。
『思いどおりにならないとわかるとすぐに 冷めて飽きて捨てる 変わってゆく僕を許せないあなたは どうするつもり?
どうしても新しいものへと 気持ちは向いてしまうけど』これが現在の「あなた」との関係性のようですが「変わってゆく僕」が原因で危うくなっているみたいですよね。
何の脈絡もなくいきなり「変わってゆく僕」というのが解せないんですよね。
伏線ナシでそんな風に書くだろうか?
これは直感ですが、この「変わってゆく僕」はもしかしたら以前 "LOVE & CHAIN" の稿で記した愛情の逆転現象なんじゃないかな〜なんて考えたりしました。
『つまんない毎日をただ忘れ 遊びたいだけなんだ これが永遠かのように いっときの情熱を楽しむ』とか『初めてみたいに 抱きしめあいたいと』とか『行きかう人ごみの中 まぎれこんで 僕は黙って あなたの手をにぎるよ』とか、もともと主人公はこんな事を言う、またはするタイプじゃなかったんじゃないかと思うんです。
言い換えれば逆にこういうことを言う、またはするタイプに今「変わって」いってるということ。
経験上、こういう変化を女性はあまり歓迎しないと思っていますが如何でしょう?
それは追う側から追われる側、つまり愛する役から愛される役へ逆転したことを意味します。
いつまでも追っているから楽しいのであって手に入ってしまえばつまらなくなるのが人間です。
追われる側になった事で「あなた」は妙に醒めてしまった。
だから危機的状況に陥っている…と感じたんですけどね。
直感と言いながらもこの説、実はなかなかどうして筋も通っちゃうんですよ。
その証拠というわけではありませんが、今まで散々「愛してくれませんでしょうか?」と言っていたのに最後のフレーズでは、喩えるならまるで "愛させてくれませんでしょうか?" とでも言っているようです。
『いつの日か 世界が消えてしまっても 瓦れきの中 輝く朝露のように 美しい気持ちだけを残したい そんな気持ちを僕はあなたに持ちたい』
注目すべきは愛の台詞に何ひとつ見返りを求めていないという点です。
「瓦れきの中 輝く朝露のように 美しい気持ちだけを残したい そんな気持ちを僕はあなたに持ちたい」
最終的にはすべてが主人公の中だけで完結しています。
「あなた」の気持ちは関係なくなっちゃいましたね。
これは簡単に言っちゃうと "誰かを好きな気持ちは自分だけのもの" ってことだと思うんですよね。
好きって気持ちを相手に押し付けるのは、やっぱり見返り、例えば愛されたいとか、そういうものを心のどこかで求めている証拠ではないでしょうか。
見返り、例えば相手に愛されたいという欲求のない愛情こそ私が崇拝する稲葉流の愛情表現です。
そしてその究極形が少し未来の詞にあります。
-僕には君がいる-
愛されたいと誰もが願って孤独に包まれてゆく 世界
愛することの歓びならば 誰にも侵されない
光り輝く礎になるだろう
いつ見ても素晴らしい。
"愛することの歓び" に本人の感情以外はなにも必要ないんですよね。
もちろん行き過ぎてストーカー紛いになってしまっては元も子もありませんが。
見返りを求めなくなった愛情は本物です。
いつになったらフェミニストとしてこの領域まで辿り着けるのか…
いつか辿り着きたいと思う理想の境地です。