私の知る限り数ある稲葉詞の中でも本詞ほど稀有な曲はありません。
過去にもなかなか複雑なシチュエーションの詞はありましたが何だかんだで感じ方の受け皿は大きかった。
それだけ窓口が広い稲葉詞の中で一体何が起きた?
これは稲葉流帝王学です。
万人向けではありませんww
本詞が稀有な理由は初めてトップ(経営者)の理論(思考)を描いたからです。
作者が万人に媚びないのなら考察も若干攻撃的なものになります。
もちろんスケールの規模は天と地ほどの開きがありますが痛いほど理解るから…
最大の注目フレーズはコレ。
『かまやしないさ望むとこ この寂寥感この逆風感 それさえ君らの憧れだろう』
なかでも最注目ワードは「憧れ」。
憧れとは羨望です。
即ち羨望を集める特別な存在に憧れるのです。
特別な存在=他人より抜きん出た人、です。
『その他大勢じゃ意味がない』のです。
しかし『誰も知らない領域へと 誰よりも先に踏み込んで 鮮やかな足跡を残そう』とすればそれなりの痛みを伴います。
他人を凌駕するということはそれだけ他人より苦痛に耐えるということです。
そうなりたいと願うなら、その立場の苦痛、即ち「寂寥感」でも「逆風感」でも「それさえ君らの憧れだろう」と言い放っているのです。
「その他大勢」では決してこの領域にまで辿り着けないでしょう。
こんな言い方をしていると上から目線で強気の言い様と思われるかもしれません。
でも実は上からとか強気とかとはまったく逆の感情だと思うんですよね。
他人より大きな負荷はその分だけ他人より人間性に深みを持たせ特別な魅力へと変わってゆくのは事実です。
それは理解して頂けると思います。
でもね、強がって見せても実は弱い己に言い聞かせているだけだと思うんです。
何故ならこうやって強がっていないと負荷に押し潰されそうになるから。
特別な存在が強い人間ではありません。
強くならなければいけなかったのだと思うんです。
しかしこんな感情は所詮『ヒトニハワカルマイ』で良いのです。
大勢に理解るわけもないから。
誰も好き好んで茨の道を薦めませんし望んで進む必要もないと思います。
最終的には普通が一番だとも思わなくないです。
それでもあえて。
そんなことは全部理解った上でそれでもなおその他大勢を『ぶっちぎる』という姿勢を貫けるのがやっぱり格好良いじゃないですか!!