B'zの通算4作目となるミニアルバム。
物語を考察したことに満足してアルバム自体の考察をすっかり忘れていましたとさ‥
この頃まではミニアルバムと呼ばれる作品がそこそこ存在した気がするが気のせえか?
本作もB'zのミニアルバムの例に漏れず実に実験的な作品といえる。
所詮は後付けなのでたいした問題ではないが続編「FRIENDSⅡ」と比較するとやはりどこかB'zらしさが垣間見えるのはご愛嬌だろう。
1曲1曲のクオリティもさることながらそのチャレンジスピリッツには拍手を贈らざるを得ない。
あとで知ることになるが収録全曲を通してひとつのストーリー性を持たせる斬新なコンセプトに驚愕させられあまりに限定しすぎたシチュエーションに不安になった。
当時はずい分とまぁ思い切ったことをするものだと感じ入ったものだ。
しかしいったいなぜこんな冒険ができたのか?
それはデビュー当時から続けてきたマーケティングの結実といえよう。
当blogでも何度も書いてきた通りデビュー当時のB'zにはパクリ疑惑が渦巻いていた。
洋楽ブームだっただけにB'zファンだと声高に叫ぼうものならカブレ達から袋叩きにあったものだ。
しかし本当にやりたい音楽をやるためにはまず売れなければいけない。
これは真理である。
必要なものは影響力でもあるがぶっちゃけ大半が金であろうことは想像に易い。
先にも述べた通り結局のところ音楽だってマーケティングでありパクリであろうがオマージュであろうが結果がすべてである。
1992年といえば「RUN」が発表された頃でありもちろん人気は絶頂期。
時の為政者が歴史をつくってきたように所詮は売れたが勝ちである。
とどのつまりは冒険したのではなくようやく実現できる地位にまで上り詰めた果ての最初の意欲作だったといえよう。
その次に発表した作品が「The 7th Blues」(1994.3)というのも興味深い。
詳しくはその時触れるが件の作品もこれでもかというほどファンに媚びない作風にかなり驚かされたものだ。
要するにB'zにとって実験的な作品とはまったくファンに媚びるつもりのない作品なのだ。
それでも売れるからさすがである。
今思えばこの時期こそB'zの音楽性の転換期だったのか?
この後更に趣味趣向に傾倒してゆく事実を鑑みると革新的な1枚だったのではないだろうか。