「ある密かな恋」 | イナバイズムのススメ

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B'z・稲葉浩志の詩(詞)の世界にふれて勝手に何かを学んじゃおう!

2次元(今で言えば2.5次元)の相手への恋を描いているらしいですね。

仮に本当にその前提ならばすべてはただの妄想で終わり語るべきことはありません。

それではどうにも腑に落ちない点が多々あるので邪推してみることにします。

しかしいくら妄想説に否定的とはいえ残念ながら大半は妄想です。

『なんだかとても楽しそうに待ち合わせ』

『くびれた腰に手なんか ぐっとまわしちゃって』

『お互いずっと探し求めていた相手に会えたようなふたり』

『君が僕を誘惑するのは 無意識じゃない わかっていてやってるにきまってる』

これらはすべて「僕」の妄想です。

だからといってすべてを妄想で片付けるのは早計だと思うんです。

そこで2次元というオフィシャルな設定も踏まえたこんな解釈で物語を考えてみました。

昔付き合っていた元カノがアイドルかなんかになってやたら気になり出しちゃった男☆

『夢の中で また君とつきあえた』

「また」の捉え方が妄想か現実の大きな分岐点です。

夢→夢の中でまた?

現実→夢の中でまた?

前者では結局妄想オチになってしまうので後者と仮定して稿を進めますがこう表記すると断然後者の方がシックリきます。

余談ですが『雑誌で君を またみつけた』の「また」は解釈に必要ないので無視します。

そもそも永遠に叶うことのない恋愛対象を『この後ずっと』想い続けられるものでしょうか?

妄想しか出来ない恋愛対象という設定だけでははなはだ疑問です。

他にも解釈の根拠となるフレーズはあります。

『邪魔されずに会えたなら他には何もいらない?』

"「彼女」に「邪魔されず」思う存分TVや雑誌で「君」に「会えた」なら本望?"なんて妄想話より、元カノで有名人の「君」と「邪魔されずに」プライベートで「会えた」方がよほど本望だと思いませんか?

そしてその時「邪魔」なのは文春砲(当時はフライデー?)のようなゴシップなのです。

何よりこのフレーズのこんな気持ちを作者自身が一番解ると思うんです。

『彼女に話せるわけない こんなやばい気持ちを いまさら何も捨てられない 小心者の恋』

これもどちらかと言えば実現可能な恋だと言わんばかりですが結局物語は「ある密かな恋」のままで終わります。

残念ながらとどのつまりはこの恋の実現性の可否を非常に曖昧かつ実に巧妙に描写した表現力の凄さが本詞最大の魅力ということでOK?☆