まいど!絵本講師の くが やよいです。

 

 

今夜、偶然、久しぶりにNHKのETV特集で拝見した人。

 

 

ご病気だったのですね・・・

 

 

前職でお世話になった方。

 

 

 

 

 

映画監督の大林宣彦さん

 

 

 

 

その声も、優しい笑顔も

20数年前と 変わっていませんでした。

 

 

 

 

 

話は学生時代に飛びます。

 

 

 

 

 

大学在学中、私は

テレビカメラ片手に世界を飛び回る

報道カメラマンになりたくて、

 

当時、高視聴率を獲得していた

「なるほど・ザ・ワールド!」という番組の

エンドロールに流れる大阪の映像プロダクションに

飛び込みでアルバイトの面接に行きました。

 

 

「将来、こういう仕事をしたいのですが

御社でアルバイトさせてもらえませんか?」

 

 

という勝手な申し出に、

人手不足だったのか

快く雇い入れてくれた映像プロダクション・S社。

 

 

まったく映像技術の知識や経験のない私は

とにかく、体力情熱 だけはあったので、

 

カメラマンのアシスタントとして

(主に機材運びとケーブルさばき、よく中川家の漫才で

カメラマン役の礼二さんに蹴られてる役の人^^;)

機材を担いでカメラマンの後を追いかけ、

いろいろな現場を走り回りました。

 

 

 

当時、大阪では花博が開催されていて

皇太子殿下が来られたワイドショーの中継、

地方競馬や競輪、競艇の中継、

マラソン、スポーツ競技の中継など

日本全国いろんな現場に連れて行ってもらって、

 

下宿していた寮の友だちからは

 

 

「りゅうちゃん、

(当時流行っていた漫画『うる星やつら』の藤波竜之介というキャラに似てたのでこのあだ名)

いっつも(部屋に)おらへんなぁ~!」

 

 

と、あきれられていました。

 

 

 

それでも、そのバイトが楽しくて楽しくて、

いつもボロボロのハイエース(機材車)に

たくさんの機材を積んで、おっちゃんたちと

日本のいろんな土地に行けるのが

新鮮でした。キラキラキラキラ

 

 

 

 

そんなある日。

 

 

 

 

大学のゼミで見た一本の映画が

人生の転機となりました。

 

 

 

 

それは、

 

 

 

 

 

 

 

黒澤 明 監督の映画

『七人の侍』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・なんじゃ こりゃあ、、、びっくりハッハッ

 

 

こんな世界が あるのか!!!

 

 

 

 

と、その圧倒的な映像作品に魅せられました。

 

 

 

 

それからは、ビデオの映像よりも

すっかりフィルムの映像に魅せられて、

 

当時、ちょうど35ミリフィルム撮影から

デジタルへと移行していく時期だったんですが

フィルムの映像を制作できる

東映のCMプロダクションに就職しました。

 

 

 

就いた仕事は、

テレビのコマーシャルフィルムを制作する

制作進行という仕事でした。

 

 

たった15秒から、長いものでは60秒の

テレビコマーシャルの

企画、プレゼン、ロケハン、出演者のオーディション、

撮影、現像、編集、音入れ作業まで

制作全般に関わることのできる仕事でした。

(一番下っ端でした^^;)

 

 

完成作品(当時、完パケといいました)が

テレビや映画館で流れようなもんなら

嬉しくてしょうがない爆  笑!

 

 

・・・そんな20代でした。

 

 

 

制作進行は分かりやすく言うと、撮影の現場で

監督さんの「用意・・・ア~クション!」

の掛け声に合わせてカチンコ カチンコを打つ人です。

(カチンコは、編集作業時に音と映像を合わせる為に打ちます)

 

俳優さんの顔の前で勢いよくカチンコを打ちすぎて

注意されたこともありました^^;;

 

 

監督、プロデューサー(当時の上司)、

撮影技師、 照明技師、 音響技師、

俳優、女優、スタイリスト、美術、車両、

フードコーディネーター、現地のコーディネーター、

編集技師、音響技師、歌手、ナレーター、

それぞれの助手さんたち・・・

 

 

当時、その分野の職人さんたちが集まって

一つの映像作品を仕上げていく・・・

 

 

ものすごく熱い現場プンプンにいました。

 

 

 

スタジオ撮影は(私は苦手で)息が詰まるけど

「世界の果てまでイッテQ!」のイモトアヤコちゃんみたいに

タイのジャングルや世界の秘境に

絶景を求めて撮影に行きました。

 

 

 

 

そんな時、

ある企業のCM制作で

大林監督に出会いました。

 

 

それは、

 

「1月17日に生まれた命」

というテーマのCMでした。

 

 

阪神淡路大震災の日、

インフラがすべてダウンしてしまった中で

ろうそくの灯をともして生まれた赤ちゃんがいました。

 

 

力強く、今を生きている、4人の赤ちゃん。

 

 

 

企業CMという枠を超えて

大林監督は、

 

「生まれてきてくれてよかった。本当によかった。」

 

というメッセージを

世に向けて発信されました。

(ナレーションも確か ご本人でした)

 

 

 

 

監督にとっては

数多くある仕事の中の

一つだったかもしれないけれど

 

その時に携わったスタッフにとって

生涯忘れられない仕事になりました。

 

 

 

少なくとも私には。

 

 

 

 

 

その時に

撮影する対象、スタッフ、

技術者全員に向けられていた

大林監督の

「命」というテーマに向き合う真剣さ、

 

そして、優しさと

それらがこもった声を

そこにいた全員が覚えていると思います。

 

 

 

 

その大林監督に

テレビの中でだけれど

また会えた。

 

 

 

20数年を経て、大病と向き合い

ずいぶんと変わられていたけれど

その声と

優しい笑顔は 当時そのままでした。

 

 

 

なんだか思いが溢れて

独白のような日記になってしまいました。

 

 

 

 

最後まで読んでくださり

ありがとうございました。

 

 

 

 

絵本講師とは真反対の

映像制作という

対極ともいえる仕事をしていましたが

 

どうしてどうして。

 

 

その時の経験も

今の絵本講師という自分の

仕事の糧になっていると思いますほっこり

 

 

 

 

それは またいつか 書きますね。