こんにちは、トロント生活サポーターBYSPICです。
「カナダは移民の国」という言葉を耳にしたことがある方は多いでしょう。遥か昔、先住民であるネイティブアメリカン(かつては「インディアン」と呼ばれていました)が生活していた地に、ヨーロッパ人が到来したことからトロントの歴史は始まりました。
今回は、カナダ最大の都市であるトロントが、現在の姿になるまでの道のりをご紹介します。歴史を知ることで、トロントの街並みをより深く理解できるでしょう。
「トロント」という名の由来
トロントは、もともとネイティブアメリカンの居住地でした。都市の名前は、先住民の言葉に由来すると言われています。最も有力な説は、モホーク族の言葉で「水の中の木」を意味する「Tkaronto(トカロント)」が、ヨーロッパ人に伝わって訛り、現在の「トロント」になったというものです。他の北米の主要都市名が、英語、フランス語、スペイン語などに由来することが多い中、トロントの地名は異彩を放っています。
ヨーロッパ人の到来と街の発展
1615年、フランスの探検家エティエンヌ・ブルール一らがこの地に到達し、先住民と交流した記録が残っています。1750年には、フランスによって毛皮の交易拠点が築かれました。しかし、その後の七年戦争の影響で、交易拠点は破壊され、イギリスの支配下に入ります。イギリスは、本国の地名にちなんでこの地を「ポート・ヨーク」と名付け、街づくりを始めました。その後、米英戦争による戦火に見舞われるも、すぐに平和を取り戻しました。
近代都市に成長
産業革命の波はヨーロッパからアメリカ大陸へと押し寄せ、セントローレンス川を通じて大西洋と繋がるオンタリオ湖畔のトロントは、急速な発展を遂げます。1825年のエリー運河の開通、1858年のユニオン駅の開業など、インフラ整備が進み、近代化が加速しました。また、移民法の改正により、ドイツ、フランス、ロシア、ポーランド、中国など、世界各地から人々が流入し、街は活気に満ち溢れます。1834年には人口1万人にも満たなかったトロントは、100年後の1934年には、モントリオールに次ぐカナダ第2の都市へと成長しました。
カナダ最大の都市へ
北米に位置するカナダは、その立地の安定性から、歴史的な混乱や二度の世界大戦の影響を比較的受けずに発展を続けてきました。ヨーロッパやアジアへの物資供給地として、また戦争や抑圧を逃れた人々の受け入れ先として、カナダは真の先進国へと成長を遂げます。
1998年、それまで「メトロトロント」として同一の生活圏を形成していた6つの都市(旧トロント市、ヨーク、ノースヨーク、イーストヨーク、エトビコ、スカボロー)が統合され、現在のトロント市が誕生しました。この統合は、当時のオンタリオ州知事マイク・ハリスによって主導されたもので、行政の効率化を目的としていました。これらの出来事を経て、トロントは長らくカナダ最大の都市であったモントリオールを抜き、現在の姿へと発展したのです。
多様な背景を持つ人々によって築かれたトロントの歴史をご紹介しました。BYSPICの滞在先・送迎サービスを利用し、トロントでの快適な生活を通して、あなたの夢を実現させましょう!





