NHKの公式で某Vtuberが使われた事に嫌悪感を抱いた人が発端となった騒動について考えていた。

当初は例のキャラのデザインが性的だというあまりにも一方的な言いがかりだったものが、今や「本人がどう思っているか」や「女性の表装」といったものに変遷してしまっているのはあまりにも滑稽である。

 

更に言えば、「では、どんな表装なら自分達は納得するのか」というところに一切言及していない時点で妥協点を見出そうとすらしていない。

 

なるほど議題としては非常に興味深い点なだけに、残念な事だ。

 

 

 

更に、さも某キャラが問題となったかのように流布される一連の報道も如何なものか。

騒ぐ者が現れる前までは、全く話題にすらしようとしなかった時点でこの手の人達が求めているのは「ただ自分が気に入らないものを攻撃したいだけ」としか思えない。

 

 

 

 

こういう時、必ずしも議論をしなくても世の中というのはつつがなく動く。となっているのは不幸中の幸いであろう。

 

自分は非正規雇用そのものに対しては存在し得る雇用形態だと考えている。

ただし、それは技術力をやたらプッシュしているものを除いて、だ。

 

 

人材派遣会社を見てみれば、その多くは優秀な技術者を派遣、などとうたっている。

端的に言えば、そういう会社は利用してはいけない。やるなら単純作業、或いは自分の日々の隙間を埋めるような、短い期間限定のものだけだ。

 

この手の派遣会社と契約する会社は「優秀な技術者」が欲しいとよく言う。そうだとすれば、はじめから自分のところで雇えば良いだけなのだが、それでも人を入れる時は派遣会社を通じて入れている事になる。

 

つまり、「手早く人材は欲しいが人を雇うリスクは背負いたくない」という事になる。

その上「優秀な」人材が欲しいとなれば自分達で探すより、諸々を派遣会社に丸投げした方がいざ「ハズレ」だった時もリスクを負う必要もない。

 

言い換えれば、働く側にとって有利な点が無いという事になる。

但し、冒頭にあるように単純作業であったりはじめから期間を定めていたり、実際に働く側にとっても継続性や重要性の低いものであればその限りではない。

そういう手の仕事ならば僅かな期間の繁忙期や一時的な人員補充として利用する事もあるだろう。(もっとも、本来ならこの形態自体、そういうものだと思うのだが)

 

しかし、多くの事情が変わった中、技術者としての高度なレベルの技能を要求しておきながら、その人を雇い入れるリスクを背負いたがらない、「無責任な企業」が増えてしまった。そういう企業は大抵、自身の仕事に誇りを持っているとうたうのだから始末に負えない。人材管理を社内で出来るだけの技能が失われてしまっている事の証明にさえなる。

 

派遣に責任を求める事は極めて悪手である。会社同士の身勝手な契約だ。要求するならば、個人でなく「担当者同士」でやってもらう、それぐらいのリスクは負わせねばならぬ。

 

 

先日、「ホンダを辞めた」という記事を読んだ。

サプライヤー任せで技術は二の次、三の次という内情は懐かしさがあった。

 

サプライヤーもまた、その場しのぎのやり方を取っている、という話は枚挙に暇がない。

本来責務ある箇所に非正規の外部の人員をいきなり充て、自分達は上流工程しか目を向けない。当然、そこに育成という概念は無い。

使い潰したならば、新しい「生贄」が補填されるだけだ。それが彼らの考える技術なのだろう。「生贄」がまるで湯水のように湧いて出て来ると信じて疑わない。

 

とある日本の企業は「ベトナム人ならコンビニ時給と同じぐらいでも、有名大学と同程度の能力を持った人材が殺到する」と自慢げに話をする。(確かこの話は別の記事でも言及した記憶があるが)

結局、彼らにとって人材は仕入れるもの。そして仕入れる側に立つ自分達こそ本物、という考えがこびりついている。

これから数年後、次の『殺到する人』となるのはどこの誰なのだろうか。

 

 

 

土壌なき大地に育つものなし。

 

いざその時が来た時はじめて種籾を植え、食い物が無いと貧困にあえぐ。

 

 

そういう内情が、現状だ。

 

 

 

 

先日、「中小企業は後継者がおらず、黒字だが人手不足倒産もやむを得ない」というニュースを見かけた。

 

更に遡れば、「中小企業は人手不足を解消する為に賃金を上げざるを得ない。政府に援助を求めたい」というニュースを見かけた。

 

統合すれば「中小企業は賃金を上げずに後継者が育って欲しいと考えているが後継者は育たず、人手も集まらない。このままだと黒字だが人手不足倒産もやむを得ないので政府に援助を求めたい」という訳だ。

 

ものの見事に何故そうなったのか、という原因を示している話だが、企業というのは気づくはずもない。

結局、賃金を上げると黒字にならない。そのままの金額で動いてくれる優秀な人が欲しい、では集まるはずもないのだ。

 

上のニュース、もう少し続きがあって「こうなれば国籍も問わない。外国人に頑張ってもらいたい」という声もあった。

とにかく企業は黒字だろうとなんだろうと、金を出したくないのである。無償で動いてくれる、責任感のある誰かに会社を継いで欲しい、というのが現状なのだ。

 

 

「外国人なら安い賃金でも東大レベルの人材が殺到する」と言い切る企業も存在している。

 

それならそれで、「金は高い上に能力に劣る日本人」に対する募集などかけなければ良いのである。

 

その癖、我が社には優秀な人材が集まっている、と公言しているのだから手に負えない。

 

 

結局、人が集まらないのでなく、人を集める気がないのだ。その事に気づく頃には、きっと手遅れなのだろう。

古くからつきあいのある友人が会社で休職するまで追い詰められた話を聞いて、とうとう来たな、と思った。

どれだけ大きな組織でも、中身の体制はあまりにもスカスカとしか言いようのない環境では人が育つことはない。

 

肥料も無く、ろくに整っていない土壌に無理やり種を撒いて、水も与えず芽が出るだろうか、という単純な話である。

 

結局、どれだけ社内教育が充実しているとうたっていても、実際に教育する側への教育が行き届いていなければそれは何の意味もないのだ。

 

 

OJTとは名ばかりの体制。本来のOJTは非常に効率的なものなのだが、それが浸透していないのが現実だ。

その中身まで触れなければ変わることはないだろう。

 

この辺りは、別の機会に提示するが、とにかく、現状どの組織も中身は一緒なのである。