がん細胞に観察される複数のがん関連遺伝子の変異は、がん細胞が自ら誘発するものであって、これは、がん化した結果として生じているものだということです。

そして、発がんの原因は何なのかといえば、変身しなければ(普段は使わない遺伝子の封印を解かなければ)生きていけない悪環境を作り出してしまいました。

私たちの細胞は、人間という生き物を作るために生まれたのではありません。

また、私たちが持っている遺伝子は、人間というものを作るためだけの情報を格納したものでもありません。

なお、〝ヒト〟と呼ばずに〝人間〟と表現したのは、その文化的な活動様式も含めたかったからです。

さて、私たちの体を構成している細胞の基本形が誕生したのは、今から38~40億年前だと捉えて結構でしょう。

その頃の地球は、掲載した図の左側に示されているような状況であったと考えられています。

地球全体はまだ冷めきっておらず、大小の隕石の衝突もかなり頻繁に起きていたようです。

ある種のアミノ酸は、その隕石によって地球にもたらされたという説も有力ですが、細胞という構造を持った生物が誕生したのは、間違いなく地球上であると考えて結構でしょう。

具体的な場所としましては、生命体を作り上げる為に必要な何種類もの物質が比較的高濃度に共存している海底の熱水噴出孔の周辺が、最も有力な候補として挙げられています。

その場所は、火山性のガスも噴出しており、今のヒトにしてみれば猛毒であり、温度も非常に高温です。そのような場所で最初の細胞が生まれたということです。

この時に、仲間を増やしたり、獲得した能力を子孫に伝えるための、遺伝という仕組みも備わりました。

当初は、今で言うRNAが遺伝子として用いられており、今の私たちもRNAを様々に使って生命活動を行っています。

やがて二重螺旋(らせん)構造であるDNAも使われるようになり、これは今の私たちの細胞において、遺伝子の本体として機能しています。

そして重要なことは、この太古に作られた遺伝子がそのまま、或いは少し内容を変えただけの状態で、私たちの細胞内に格納されていることです。

そして、次々と新しく獲得していった能力を子孫に伝えるための遺伝子は、それまでに持っていた遺伝子はそのままに、新しい遺伝子として増設されていったことです。

併せて、使わなくなった遺伝子は容易に読み出されないように封印する(幾つかの方法によって直ぐに読めない構造にする)という方法が選ばれました。

そのため、遺伝子の数、及びDNAの長さ、RNAの数はどんどん増えていくことになったわけです。

掲載した図の中央付近には、大気中の二酸化炭素の濃度がかなり低下し、代わりに酸素の濃度が徐々に増え始め、DNAが細胞内で〝核〟という膜内に格納され、近くにいた好気性細菌をミトコンドリアとして備えた頃の地球の様子を示しました。

温室効果が失われたために、地球全体が氷の世界へと変化したと考えられています。しかし、そのような地球になっても、私たちの祖先の細胞は生き続けました。

何処でどのような工夫をしたのかは定かではありませんが、凍結保存されたものもあるかもしれませんし、移動能力を身につけて地中の温かい位置まで潜り込んだのかもしれません。 

いずれにしても、私たちの細胞の祖先は、そのような極寒の世界でも生きられ、併せて二酸化炭素や酸素が無いに等しい濃度になっても、生き続けられる能力を身につけたことは間違いありません。

因みに酸素を要求するはずのミトコンドリアでも、酸素の無い状態ではエネルギー代謝の方法を変えて活動することが可能です。因みに、がん細胞のミトコンドリアも、この方法を採用しています。

図の右上には、細胞が多細胞化した頃の地球の様子を示しました。

多細胞化した最大の理由は、既にupしています『細胞にとって二酸化炭素は極めて大切』の記事において述べましたように、光合成を行って酸素を排出する複数種類の生物が激増しましたので、結果として生じた高濃度の酸素から逃れるためと、減少の一途をたどる二酸化炭素を保持するためです。

ここから先の生物進化は、見た目には大きな進化に見えますが、細胞レベルで見れば、あまり大きな進化にはなっていません。

振り返れば、遺伝情報としてRNAやDNAを使ったり、その情報に基づいてタンパク質を作ったり、作ったタンパク質を酵素として使ってエネルギー代謝を行ったり、リン脂質で出来た細胞膜を自由にコントロールして細胞の形を変えたり運動したり、細胞内には各種の細胞小器官を備えていたりなどのことは、約6億3千年前に殆ど完成していたからです。

それから長い年月が経過し、ヒトという生物になった時、体内には複雑だと言える各種の器官や組織を備え、細胞たちは各持ち場にて所定の仕事だけに励んでいます。

例えば、何らかの分泌物を作ってそれを分泌する役割を担っている細胞は、その作業だけに集中する環境が与えられ、その仕事だけに集中して頑張っています。

それ以外の仕事については、仮に望んだとしても出来ないように、遺伝子そのものに封印が掛けられています。

この封印は、卵細胞から個体へと成長していく過程で(分化の過程で)どんどんと進んでいきます。

例えば、あなたが職場でスーツを着てパソコンに向かって仕事をしているとします。

これは、その組織内におけるあなたの役割ですから、他のことをしないように社内ルールが敷かれています。

そのルールによって、あなたの行動を制御することを、細胞は該当する遺伝子を封印することによって実現しています。そして、ある時、隣の部屋から煙が入ってきたとします。火事です。非常ベルも鳴り出しました。そんな時、あなたはどうしますか?

あなたは席から立ち上がり、担当している仕事を放棄して消火活動ならびに避難活動に移ることでしょう。

組織の細胞が〝がん化〟するとは、この状態を指すのです。

胃壁の胃腺の細胞が、胃酸や粘液や消化酵素の分泌を続けている場合ではありません。緊急事態ですので、その場で生き延びられるように、担当業務を止めて防御態勢を取るように変化します。

それらの細胞を生み出している幹細胞も、各種の分泌細胞を通常通りに生み出している場合ではありません。自らも防御態勢を取るように変化し、生み出す細胞は緊急事態に耐えられる細胞を生み出すことになります。

そのような緊急事態に耐えられる細胞とは、私たちが生命誕生以来に様々かつ過酷な条件を乗り越えてきた細胞です。

そのための遺伝子は温存していますから、その封印を解くだけです。そのようになってしまった細胞を、人間は〝がん細胞〟と呼んで敵対視し、何が何でも殺してしまおうとするわけです。

根本原因である火災を沈下させようとするのではなく、席を立って業務から離れて防災活動するあなたを〝がん細胞〟と呼び、処分しようとするのです。

人間の手によって、大切な細胞仲間が処分されようとするとき、それに使われた毒薬は全身に回って全細胞を苦しめます。そんな方法は許せません。

人間に望むことは、根本原因である火災を沈めてほしいことです。即ち、がん化の原因になった悪環境を、元の清い環境に戻してほしいのです。

(清水隆文)