上川陽子外相は4日、世界保健機関(WHO)年次総会で合意に至らなかったパンデミック条約について「ワクチンの強制接種や国家主権の制限について懸念を生じさせる内容は含まれていない」と述べ、日本政府は引き続き成立に努力していく考えを示した。

 修正案が採択された国際保健規則(IHR)改正については、「国内施策に関するパブリックコメントの実施について検討していく方針」を明らかにした。
 

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記者会見に臨む上川外相(2024.6.4外務省会見室で筆者撮影)

 1日まで開かれたWHO年次総会で、パンデミック条約はロシアやアルゼンチン、イランをはじめとする多くの国が反対して合意に至らず、加盟国間で交渉を1年延長することが決まった。IHR改正案は大幅な修正を経て、承認されている。

 筆者は記者会見で、5月31日の「WHOから命をまもる国民運動大決起集会」に約1万3000人が参加したことを挙げ、この集会に対する受け止めと、反対意見の多いパンデミック条約案への政府の対応をただした。

 上川氏は、「さまざまな意見があるのは承知しているが、条約案についてワクチンの強制接種や国家主権の制限について懸念を生じさせるような内容は含まれていない。これまでの交渉においても、そのような内容の議論は行われていない」と懸念を否定した。

 その上で、「パンデミックに対する予防、備え、対応の強化に資する国際的規範をつくることが重要であると考えている。日本政府としては、このような取り組みに引き続き建設的に参加し、貢献してまいりたい」と答弁した。

 パンデミック条約に「ワクチンの強制接種」という文言はない。しかし、ワクチンを含むパンデミック関連製品の調達や分配のほか、それらの事前資格審査導入などが明記され、あまねく医療保険サービスが受けられる体制づくりがうたわれている。しかも、前書きに「3.WHO(世界保健機関)がパンデミックの予防、準備、対応を強化する基盤であり、国際的な保健業務の指示・調整権者であるものと認識すること」と大上段に掲げられている。新型コロナワクチンを1億人以上接種させたわが国が、個々人の自由選択に委ねるだろうか。

 パンデミック条約はいわば公衆衛生に名を借りたグローバル資本家のための通商条約で、「国家主権の制限」への懸念はIHR改正案に対してあったものだ。WHOからの勧告(recommendation)についての規定に「拘束力のない」の語句が削除されたことからくる。

 IHR改正案では他にも「個人の尊厳、人権、基本的自由を十分尊重する」の語句が削除されたことから、私権の制限も心配された。上川氏の答弁は官僚が作ったと察しられるが、IHR改正案にあった懸念をパンデミック条約に転嫁し、うまく言い逃れている。

 それでも、5月27日付けのパンデミック条約案には、制限を掛ける対象を生活全般に広げる「ワンヘルス」や、国民皆保険制度の世界版を連想させる「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」がまだある。「インフォデミック」の文言は消えたが、前書きに「13.誤情報及び偽情報、中傷を妨げるような情報の信頼構築と時宜にかなった共有を確実にする重要性を認識すること」とあるし、「18章 コミュニケーションと国民意識」には、「パンデミックに関するリテラシーを強化する」の語句は残り、事実上同じことを言っている。誤・偽情報への対処は、IHR改定版にもある。パンデミック条約案には、合意に至らなかったが「ジェンダー平等」もあった。

 独立系メディアIWJの濵本信貴記者が、IHR改正について尋ねた。5月31日の集会で大きな民意が示されたが、10カ月以内なら拒否または留保できるとして、「再度議論を行い、国民の信を問う考えはあるか」と向けた。

 上川氏は、IHR改正案が採択されたことを「歓迎」。「改正についてはさまざまな意見がある」として、「所管の厚生労働省を中心にIHR改正を踏まえた国内施策に関するパブリックコメント(意見募集、パブコメ)の実施について検討していく方針」を示した。

 また、「国会においては質問があれば、丁寧にお答えしたい」と補足した。

 しかし、あくまで国内法の整備についてのパブコメである。今のところ具体的に浮かぶのは「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」くらいだが、同行動計画案はすでにパブコメ実施を終えている。しかも、応募結果について新藤義孝感染症危機管理担当相は「6月に閣議決定と併せて発表する」と述べているし、WHOの決定と無関係に「粛々と進めてまいりたい」と答弁している。

 国会質問も、せいぜい国内法整備についての関与しか持たない。

 パンデミック条約の行方を含め、今のところ民意の実効性ある反映機会は見当たらない。