http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120124-OYT1T00974.htm?from=main2

読売新聞によりますと、、、子猫を引き取った次の日に近くの川に投げ捨てて殺した、、、45歳のおじさんの行動の反動としては来世、自分が子猫になって同じように川に投げ捨てられて殺されるでしょう。そればかりでなく牛丼、豚骨ラーメンなどを食していれば当然、豚さん牛さんに生まれ変わり狭い畜舎で生かさず殺さずの状態が続いた上である日、無慈悲に体を引き裂かれてしまう。わずかばかりの楽しみを求めるのは人として自然な望みですがその道が外れれば当然報いを受けます。困ったことにそういう教育がされずに一生を終える人々がいかに多いのが現実です。合掌
近所で仲間が牛を飼っていて去年、めでたく子牛が生まれました。名前は「バガヴァティ」生まれた時からちょっと健康状態が悪くて何度か死にかけたのですが、昨夜もぐったりしていて毛布をかけたのでした。今朝、ミルクを搾りに行ったらあの世にいってしまったそうです。来世は献身者の家庭に人間として生まれるといいなあ。合掌
たったの一年!未だに残念ですがいろいろ事情があるでしょう。浜崎あゆみさん・・・離婚とは限りません、いつか人は別れる時がやってきます。この世に永遠なんて存在しない。幸せがいつまでも続くと思っている人は単に知らないだけ。物質世界は「時」によって支配されています。物はいつか壊れるし、家族もいつかバラバラになります。未だに僕のお古のVAIOを使ってる知り合いがいますが、そのうちマザーボードが損傷することもあります。1996年製のいすゞオアシスもホンダエンジンを載せているとはいえ、やっぱりいつか動かなくなる。いつの間にか長男はハイスクールに行く年になりそのうち家から出て行くでしょうし、8歳にもうすぐなる三男も大きくなればやっぱり自立するでしょう。あと何年生きられるか分かりませんが、僕も「死」を迎えます。でもほとんどの人は今を楽しもうとしているだけ。学生たちの飲み干したビール缶、あちらこちらに散らかった煙草の吸殻、時々見かける使用済みのコンドーム・・・・ みんなこの世を離れた時どうするのでしょう?きちんとした知識もないまま「死」を迎えれば混乱するだけです。まったく準備なしに共通一次を受けるようなもので先は見えている。
残念ながら近所ではなくイギリスにあるのですが、、、一度お邪魔してみたいなあと。

https://sites.google.com/site/karmafreepizza/

カルマは自分の行動だけでなく、人の作った食事からもやってきます。もちろんお肉を食べればブタさん、トリさん、ウシさんを殺した罪の報いをそのうち受けるわけですが、料理を通じてクッキングした人のカルマも(良いカルマかもしれない、悪いカルマかもしれない)食べる人にやってきます。唯一の例外がプラサーダム、神様に捧げられたベジ料理だけが”カルマ・フリー”なのです。お寿司を目の前にして「サカナさん、ありがとう」と手を合わせてもダメです。覚悟していただきましょう。合掌
とっくの昔に本は終わりをむかえ映画も去年の終わりに完結、スターウォーズより儲けた魔法使いのお話たぶん知らない人はいないでしょう。映画はしっかり見させていただきましたが、本はまだ。隣で3男坊が読んでるのに、どうも英語で読む気力がない。でとうとう「携帯版」全巻全編日本語!を入手してしまいました。

土曜日には一巻を読破、二巻もさっき終了、ハマッてます。まだ「マハーバラト」第4巻読み終わってないのに、、、まあいいか。しばらく単純に本を楽しもうと思います。

「ハリー、自分が本当に何者かを示すのは、持っている能力ではなく、自分がどのような選択をするかということなんじゃよ」 ダンブルドア

巷では座礁した船の長がお客さんをさしおいて?逃げたそうですが、まあ偽善と闘争の時代ですから驚くこともないかもしれない。苦難の時の選択は、その人柄が表れるようです。

もう8年ぐらいお世話になったチェーンソーがダメになりました。ウィードワッカーやリーフブローワーは1,2年で使えなくなる中、このチェーンソーだけは頑張ってくれたんです。でも単にラッキーだっただけかもしれない。というわけで2代目は、思い悩んで、価格が2倍もするHusqvarnaを買ってしまいました。今回は15年ぐらい使用できたらいいなあとクリシュナに祈ってます。
「お前らとは格が違う」と大阪・天王寺にて駅員の顔を叩き逮捕されたニュースをご存知でしょうか。

もちろん酔っ払いのする事にいちいち角を立てていては世間を渡ることは出来ませんが、本人は十分反省していると望みます。人の性向として地位、学歴、行為によって自惚れてしまうことは自然なのでしょうけど、謙虚さを忘れると痛い目に遭う。一番の問題は自分が自惚れていることさえ気付かず一生を終えてしまうこと。
ネット・ニュースでちらほら「成人の日」の記事を見かけて

「あれ?成人の日って15日ではなかったっけ?」

ウィキペディアで調べたら、2000年から法改正で1月第2月曜日に変更!ということで10年以上知らなかった・・・ようです。どうしてこの十年間気付かなかったのだろう???

おまけに「海の日」なんて全然思い出せない、、、。
すでに日本では五日ですね。去年は非常に心身ともにシンドイ年だった気がします。

311きっと忘れることはないです。朝、近所の友達から電話がかかってきて「日本が大地震に襲われたみたいだよ」と。ネットの威力をこのときほどありがたく思ったことはありませんでした。新聞も生テレビもない僕は早速ネットニュースを見て、、、。

現地の避難所に訪れた時の「無力感」。「いったい人助けというのはどういうことなんだろうか」と自問自答し始めたのもこのときからでしょうか。人は例外なく死を迎えます。自然死、病死、事故死、もしかしたらこの世に出る前にお母さんのお腹の中で殺されるかもしれない。津波に襲われて死を迎えた人はいったいどんな来世が待っているのでしょう。輪廻を信じない人はともかく、地獄、天国に入ってもこの世にまた生まれないといけないという点では同じこと。いったりきたり、彷徨い続けることには変わりない。そういう人たちにどんな手を差し伸べるのが一番良いのか?避難所にいる人もマンションに住んでいる人も実のところ同じステージにいるわけです。『バガヴァッド・ギーター』の知恵を一人でも多くの人に伝えることが最も尊い「人助け」と、今は思ってます。そしてもちろんハレークリシュナ・マントラを伝えられたら、神様バガヴァーン・クリシュナは非常に喜んでくれることに間違いはありません。

このビデオは年末の31日 ニューゴーロカ寺院にて
久しぶりのゴーランギーさんのリードです。

日本ではすでに31日、こちらはまだ30日、あの世に行く前にいつか浜崎あゆみのカウントダウンコンサートに参加したいと思いつつ、こちらで味気ない年末年始を迎えます。ただロスアンゼルス寺院とワシントンDC寺院でカウントダウン?キルタンが行われ、ライブ中継されますので、気が向いた人はどうぞ。僕はたぶん昼からPCにかじりついてみることになりそうです。

世の中には経典を学んだり、苦行したり、いろんなことをしながら神に近づこうとする人々がいます。「人生の完成」は残念ながら、今の日本仏教では導いてくれません。キリスト教?無理です。すみません、言ってしまった・・・

単に聞くこと、唱えることだけで神に近づける、これが現代に示された教えで小さな子供からお年寄り、仏教徒でもクリスチャン、神道の人、あらある信仰の人でも出来る。

今年のベスト・キルタン!
来年はどんなキルタンに出会えるか、とても楽しみです。良いお年をお迎え下さい。