新聞の力はかなり強いもので、土谷被告の手紙も公にできるようです。もちろんそれが本人の望みでしょうから良いのですが、いろんな事件、人の思いが活字になって世界中に流されるのはいいけどそれが誰かの意思でコントロールされているのならちょっと危ない気もします。行き過ぎるといわゆる”洗脳”というイメージの悪い言葉が当てはまります。ケースはいろいろですが社会自体が人々をおとなしい子羊のように仕立てあげようとしている気がしてならない。生まれてから大人になる間、いったい何度「だめ!」という言葉を聞かされ続けてきたのでしょうか。クレヨンシンちゃんの曲でも「あれもだめだめ♪これもだめだめ♪」という言葉があった気がしますが、うちの子供たちにも自分で「だめだめ」と言っている、、、。近年、ミルクのかわりに「豆乳」や「アーモンドミルク」が出回って飲む本人はミルクのかわりに飲むわけですが、体の中ではミルクとは全く違う消化が行われている事に気づかない。生クリームのかわりにコーヒーメイトを使いながら何にも疑問を持たなかった自分、、、。本来、「豆腐」という漢字は「納豆」のためにあるのに誰も変えようとしない。ほとんどの人々は民主主義はすばらしいと思っていますがその根幹にある資本制度の中で一体どれだけの人々が泣いていることか。長寿国と称えられている日本ですがその数字の裏には書類上、生きているだけだったり、寝たきりで苦痛に悶えて苦しんでいる老人の「数」に支えられているだけかもしれません。この世に平安なんてありません。もちろん平和を目指す志は尊いけど、みんな夢を見ているだけでしょう。