昔から一度読んでみたいなあと思いながらなぜか読む機会もなくずるずると時が流れて10年以上。ようやく文庫本を手にしました。思ったより薄いんですね。それでも400字詰め原稿用紙に換算すると300枚ちかくになりますし、当時はパソコンでブラインドタッチ!というわけにもいかないでしょう。その上、単に文字を埋めていくだけではなくその背後にはたくさんの文献を読み漁って自分の想像力を働かせなくてはなりません。そんな作業をしている井上靖の姿を通して、当時の遣唐使の生き様が伝わってきます。今では飛行機で数時間で中国に渡れる幸せな時代だから誰も「求める」ことをしなくなったのでしょうか。中国に渡れる!とは限らない、海の底に沈む可能性もある。行ったとしても今度は帰ってこれるかどうかもわからない。そんな生死の狭間を抜けて、そしてその後もかなりの試練を受けた上に日本仏教は成り立ってます。その根幹である中国仏教が本来の仏陀の教えでないなら、いったい普通の一般日本人は何を信じたら良いのでしょう?たくさんの経典、仏具、仏像を残すのがブッダの教えではありません。

「アヒンサー」非暴力

このたった3文字の漢字にすべてが託されてます。