所  謂、  東  京  散  歩。 -16ページ目

所  謂、  東  京  散  歩。



世 間 に 遍 く 知 れ 渡 っ た 名 所 や、

少 し 胡 散 臭 い 好 事 家 向 き の 数 多 の 珍 ス ポ ッ ト。

倦 む こ と の な い 東 京 散 歩 の 備 忘 録 で す。

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「平和」への願いを込めて
 作られた“像”としては日本一有名(?)
 北村西望作の『平和祈念像』。
 長崎市「平和公園」のものが
 もちろん“ピカイチ”ですが、
 サイズ違いの『平和祈念像』がいくつか存在し
 北区の「北とぴあ」前の像もその一つ。
 ※武蔵野市「北村西望彫刻館」(これが原型)、長崎県白鳥町「長崎拘置支所」(これは試作品)、長崎県島原市「西望記念館」、三鷹市「千川公園」にも(^_^)v
 
 この像の「モデル」は
 西望が長崎市に作品を依頼された時、
 “空手チョップ”で一世を風靡していた
 プロレスラー「力道山」だという説も有るようです。
 そう言われて見ると、
 逆三角形の肉体はもとより
 お顔もどこか似ている感じもするし・・・、
 上げた右手が“空手チョップ”を振り下ろす瞬間にも・・・。
 ※因みに広島は「平和記念公園」(^▽^;)
  

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ushi


 東池袋の狭い路地裏にあった公園で
 くつろぐ「ホルスタイン」。
 入口のプレートによるとココは『モーモー公園』。
 
 本当に狭い公園で
 カメラを構える私は公園奥にある生け垣の中で、
 写っているのがこの公園の全ての敷地。
 そこを占領するように
 あり得ない大きさの(原寸大、いやそれ以上大きいのかも?)
「ホルスタイン」が寝そべっているのです。
 
 住宅密集地のこの地域は
 防災の拠点となる大きな公園を作ることができないため、
 公園と呼ぶには狭すぎる「辻広場(別名:ポケットパーク)」と呼ばれる
 こんな場所が10カ所以上もつくられているようで、
 お互いに競い合っているのか
 名前が『ガタガタ広場』『日傘広場』『ナマズ広場』etc.と
 どれもとっても個性的!
 
『モーモー広場』も明治~大正の時代この地域に、
 乳牛を飼う牧場がたくさんあった事に
 因んで計画されたようですが、
 がんばり過ぎて
 狭い公園がますます狭くなっちゃって・・・。
 ※でもこんな目立たない場所にヒッソリと置かれるにはもったいないほど、“アート”な作品だと思います(^ε^)♪


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GARILA

「三軒茶屋」にあるこのビルの名前は【ゴリラビル】。
 伸ばした右手に赤いランドセルの女の子を乗せている様は
 人間の女性に恋をした「キングコング」みたいです。
 都内に数ある「ゴリラ」の中でも最大級だと思われます。
 
 初めて見る人はこの不思議な光景に
 目を丸くするでしょうが、
 いつも通って見慣れると
 ごくありふれた風景になっちゃったのが
 とっても不思議です。
 ※初めて写真を撮りました。急に撤去されたりすると、この一枚が妙に懐かしくなったりするのでしょうネ~( ̄ー ̄)


 2Fには元K-1のキング「魔沙斗」さんが所属していた
 キックボクシングジムがあります。
 

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rikiishi

 
 この「力石(ちからいし)」なるものは
 日本全国の神社に意外にたくさん残っていて、
 明治時代までは氏子の若者たちが
 持ち上げて“力比べ”をしていたようです。
 
 1貫とは現在の重さ約3.7kg。
 中野区の「北野神社」の境内に
 キレイに並べられていた「力石」は
 一番重い表示が【七拾貫】、
 計算すると約250kg。
 正確に計ったものではなく
 見た目のイメージだったようで、
 0.8倍くらいが本当の重さみたい。
 ※現存する最重量の「力石」は川崎大師境内にある【百貫】だとか(*_*)
 
 
 
 ところで“あしたのジョー”の「力石(りきいし) 」は
 ご先祖様が“力自慢”の家系だったの?
 その「名字」の宿命から、
 命をかけてでも“力比べ”をせずには
 いられなかったのでしょうネ~。
 ※「俺と引き分けたような男が、たとえ階級が違うにせよ同じ世界に生きているということに耐えられんのですよ」は、力石徹の言葉です(^ε^)♪
 

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TOYOSU


 豊洲の「がすてなーに」の前にそびえる
 アートプロジェクトは【豊洲ドーム】という立派なネーミング。
 廃材を使って組み上げた
 高さ約12mの“オブジェ”です。
 
 反対側に入口がありますが
 階段で上れるわけではなく、
 天井にはポッカリと穴が空いたままなので
 雨宿りすることもできません。
 別に楽しんだり休んだりする施設では無いみたいで、
 “見所”がどこなのか・・・。
 ※「がすてなーに」の屋上には上がれるので、展望はそちらでどうぞ・・・(°∀°)b
 
 設置期間が今年いっぱいの【期間限定アート】のようなので、
 最後にドデカイ「キャンプファイヤー」として燃やしてくれたら、
 最高の“見せ場”になるような気がしますが・・・。
 ※でも隣が「東京ガス」の施設だから、危なすぎるのかナ~(´_`。)
 

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SAKA


 右手に下るのは「富士見坂」、
 昔は右奥に富士山が見えたようですが・・・。(今は?)
 お母さんと手を繋いで後からやってきた
 幼稚園くらいの男の子は
「こわいよ~、こわいよ~」と口の中で唱えながらも、
 下り始めると勢いがついて
 見る間に小さくなっていきました。

 手摺が設けられた階段で
 左手に下っていくのは「日無坂」。
 区境にある坂で左側が「文京区」
 右側が「豊島区」です。
 
 この2つの「急坂」が趣のあるお宅を挟んで、
 この地点でキレイに“Y字”に分岐しています。
 遠くには新宿の高層ビル群も望め、
 2つの消失点があるシンメトリーの構図が
 なんともいい感じの風景で・・・。
 
 ※“Y字路”の雰囲気は撮れましたが、“坂”の急さを写真で表現するのは結構難しくて・・・(・_・;)


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oinu


 どこか変だけど「スヌーピー」?
 
 優れたキャラクターの商品は、
 人形やぬいぐるみから
 文房具や日用品や食品などの多岐に広がり、
 元の作品以上の売上を伸ばすことは
 今の時代ではあたりまえのお話。

 
 江戸時代の職人さんも
 “超大物コレクター”の心をくすぐるために
 こんな【犬型湯たんぽ】を作ったのでしょうか?
 持ち主は中野区に“犬屋敷”を造り
 “犬公方”とも呼ばれた将軍「徳川綱吉」
 
「綱吉さんは、取りあえず“犬のモノ”なら何にでも飛びつくから・・・」
 なんて陰で言われていたのかも知れません。
 ※中野区の「歴史民族資料館」にありました。でも、本物の“犬”を抱いて寝た方が暖かそう・・・(^_^;) 


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jyuu


【禁銃猟 警視庁】と書かれた石の標柱。
 ここから先では“猟銃”を使っちゃいけない事は
 十分に理解できました。
 それじゃ~、この手前では鉄砲撃ち放題!?
 
 
 ここは「世田谷区」の住宅街のド真ん中、
 どこでブッ放しても“大問題”になりそうですが・・・。
 
 ※この先は「九品仏浄真寺」なので【寺の敷地内での殺生は禁止】の注意書き? 裏には「明治32年」とありましたが、有効期限はいつまでなの?(^▽^;)


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take

 
 この竹林は、
 JR「目白」駅から線路沿いの坂を下るとすぐに見えてくる
『切手の博物館』
の“エントランスガーデン”。  
 
 “電線”が埋まっているから危険なのネ!と
 初めは単純に思いましたが、
 これはもしかしてこの季節に旬を迎える【タケノコ】の
 盗難防止用の“脅し文句”なのでは?
「掘ってしびれても、知りませんヨ~」みたいな・・・。
 ※そういえば、所々に掘ったような跡も・・・(・_・;)
 
 
 目的地だった『切手の博物館』は建物は立派だけど、
 “博物館”というわりには展示スペースがとっても小さくて・・・。  
 じっくり時間をかけて鑑賞すれば
 お気に入りの絵柄なんかも見つかって楽しそうだけど、
 何しろ一点一点がとっても小さくて疲れます。
 “マニア”には最高にしびれる場所なのかも知れませんが・・・。
 
観覧料は大人200円(*_*)  毎月23日(文の日)は入場無料(^_^)v
 

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kumon


 都内に現存する【レンガ造りのアーチ橋】としては
 最も古いとされている
 明治42年(1909)完成の「閘門(こうもん)橋」。
 元々は橋としてではなく“閘門(水門の一種)”として造られたもので
 “欄干”などは後から付けたモノだとか。
 
 “水門”だった当時を忍ばせるのが、
 張り出しの上に立つ〈2人の小さなおじさん(身長約70cm)〉。
 洪水を防ぐために風雨と闘いながら
 手にした“大鳶(おおとび:長い木の柄の先に鳶口をつけたもの)”で
 “木製の堰板(せきいた)を落とす”像です。
  
 
 この場所はギリギリ「東京都」ですが、
 建設したのは「埼玉県」の水利組合。
「東京都」では最古のレンガ橋ですが、
「埼玉県」にはこのクラス(もっと古いモノも)の橋が
 まだたくさん残っているみたいです。
 

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