“江戸五色不動※白黒赤青黄”の一つ「目黒不動尊(瀧泉寺)」の
前に立つ「野村宗十郎」の銅像。
宗十郎(1857-1925)は「築地活版製造所」という会社の社長で、
日本に【明朝体活字】を普及させた人だそうです。
※碑文や銅像の文字には【明朝体】は一つも使われていませんでしたが・・・(^_^;)
【明朝体】は【ゴシック体】と共に
とても代表的な印刷用フォント(書体)の名前。
横棒は細く・縦棒が太いのが特徴で、
中国・明朝の時代の木版本で使われ
様式化したことから名づけられたようです。
※書籍の本文は【明朝体】の独壇場でしたが、解像度に制約のあるのモニター表示には【明朝体】はあまり適さず、近頃はタイトルで見る事が多いかも・・・(^ε^)
【書き文字】を活字用に変換にした【明朝体】ですが
逆に【書き文字】に影響を与えることも多かったようで、
例えば 〔髙(ハシゴ高)〕と書かれることが一般的だったのが
【明朝体】の字体が〔高〕だったことを理由に
〔髙〕は誤りとされたみたい。
※「髙橋」「髙田」「髙木」さんなど漢字にこだわる方は多いですネ~。近頃は変換で文字が簡単に出るようになったけど、ちょっと前までは大変でした(-。-;)
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