遠く「羽村市」の多摩川取水堰から「新宿区四谷」まで、
“露天掘り”でつくられた45kmにも及ぶ【玉川上水】。
二つの地点の標高差は100m位しかなく、
究めて難しい工事だったことが想像できます。
この事業は【玉川兄弟】が請け負ったことでも有名。
永らく【玉川兄弟】が造ったから【玉川上水】なのネ!と
短絡的に理解していましたが、
実は「玉川」の姓は工事の功績によって
兄弟が名乗ることを許されたもので
意外にも【玉川上水】が先にあったのでした。
※江戸時代には「玉川」と「多摩川」は同音のため両方が使われたようです。
今の【玉川上水】は
23区に入るとすぐに暗渠化され
遊歩道や公園になっています。
ここ京王線「代田橋」駅から「笹塚」駅付近にかけての
僅かな区間のみが蓋をされず
今でも昔の流れを見ることができます。
※水量は少なく、太宰が入水自殺した頃のような流れはもうありませんが・・・。(「稲荷橋」の上から撮影)
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