入院3日目。



トイレに行きたい時は、ナースコールをして、付き添ってもらって、用が済んだらまた、トイレからナースコールをするという、手厚い対応をしてもらい、小か、大かを報告します。恥ずい。



血液検査の結果は、やっぱり貧血。

身体に良さそうな病院食をしみじみ、栄養って大事だなぁと思いながらいただきます。



 

さくらママの外観はといえば、髪の毛はギトギト、生理ではなかったからよかったものの、体からは汗の匂い。

 


でも、頭の傷かあるから、洗髪は怖いし、そもそも、シャワーを浴びれるのかがわからない。



自己申告性なのかもわからず、声をかけてもらったタイミングで入れたらいいなと思うことにしました。



この日は、ホルター心電図という、24時間装着したままにする心臓の動きを計測してくれる機械をつけたので、シャワーはお預けになりました。



その状態から、耳鼻科を受診。


聞こえの神経には問題はないらしいですが、神経より手前にダメージがあって、そこに血の溜まりができているそうです。



ただ、それも自然に吸収されていきますから、大丈夫です、とのこと。本当に?人体すごい。



めまい関連も、耳石が飛んでっている可能性があるけど、それも時間と共に戻ってきます、とのこと。本当に?!



聞こえに問題ないとは言われたものの、常に耳に脱脂綿が入っているような、水の中にいるような、こもるような、そんな感覚。



音がクリアに聞こえない世界だから、自分の声量もわからず、とっても小さい声で話をしていたようで、なんどか聞き返されたりして。



でも、専門医が大丈夫というなら、大丈夫なんでしょう。



ただ、後日症状が発生してくる場合もあるから、2日後にもう一度検査になりました。



検査のたびに、入院階から車椅子を押してもらって移動するんですが、頭からの香りがとんでもないだろうなと、押してくださる方に土下座したい気分でした。



その日の午後から、食欲も出てきたので(といっても、ご飯は100g、小盛りのおかず勢を食べ切るのに20分かかる)点滴を外してもらえました。



点滴がないことで自由度アップ。



高額医療費について調べたり、本を読んだり、頭が痛くなったら寝て、とのんびり過ごしました。



まだまだしっかり、病人です。




入院初日は、↑こんなふうな状態で、何がなんやらわからず、頭が痛い、で終わりました。



入院2日目。

脳神経外科に床を置いていました。




状態は、さして変わらず。



頭が内側と、外側と、どっちも痛い状態。



内側は偏頭痛のようでもあり、そうでもないようでもあり。



こめかみがズキズキ、ズキズキするようでもあり、後頭部のようでもあり。



外側の外傷は、3針縫ったそうで、たんこぶと、傷のズキズキがありました。



この日は食事以外ほとんど寝て過ごしたのですが、寝返りを打つ時に、ズッキーーーーン!!!と響きます。



枕の上に防水シート?ペットシートみたいなものが引かれていて、そこに擦ったような血の跡。



縫合されて止血はされているものの、わたしの頭に付着したままの血がついていました。



頭を恐る恐る触ると、じょりじょりに切られた?剃られた部分があって、縫い糸が飛び出ていました。



あぁ、痛々しい。実際、痛い。



点滴をぶら下げ、頭に包帯を巻き、トイレには車椅子で向かい、完全に入院患者です。



この日は食欲もあまりなく、朝昼晩と、お残し多め。



なぜに、食欲がないか、というと、頭痛も原因ですが、耳の後ろの頭蓋骨を骨折していて、顎が開けづらくって、咀嚼時に痛みます。   



どうやら、筋肉が触れて痛いらしいです。



病院食はとっても美味しくて、日常早食いのさくらママが、ゆっくりゆっくり食事をしながら、「美味しいなぁ。」としみじみ。



そして、前日の断片的な記憶を辿りつつ、倒れる前の目が回った状態から、意識が戻っていなかったら…と考えたら、死を過去最大に感じて一人で泣きました。美味しいご飯を食べながら(食欲少)。




今年40歳アニバーサリーを迎えますが、こんなにも、もしかしたら…を考えたことはありません。



目が回る〜でバタン、と骨折する勢いで倒れて打ちどころが悪かったら?



もし、早く帰宅しようとして、運転していたら?



それはそれは、怖すぎます。



そうだったとしたら、目が回る〜から痛みも何も感じないまま、旅立っていたということになります。



自分には、目が回った記憶すら残らず、知らぬうちに。



そう考えて、目が覚めてよかった、と涙。


本当に怖い思いをしました…



そんなシクシクな食事を終えて、身体を横にすると、目が回ります。



遊園地のアトラクションみたいに、ぐるんぐるん。



この激しい回りかたは、富士急ハイランドの廻るんジャー(って乗り物ある?)並。



日本屈指の絶叫マシーンを保有する富士急にあるであろう、回転数で、気持ちが悪くなります。



元来、絶叫マシーン乗れない人なので、速さ、回転、高さ、高低差にめっぽう弱い。



そんな感じで2日目は、安静にして、痛い痛いで終えました。






そんなこんなで、わたしが入院している間、

主人が我が家のお母さんです。




日常的に、うちにいるときは、家事を率先してくれる、カジメン(さくらママ造語)&子育てに協力的な、イクメン




自他共に認める苦手分野は料理、かな。



洗濯機も回せる、

洗濯物を干せる、

洗濯物を畳める、

食洗機に食器をセットできる、

キッチンのリセットができる、

お風呂を洗える、

お風呂の水切りもできる、

子供たちの支度ができる、

寝かしつけができる、

コミュニケーション力高い、



とはいえ、私の体調を気にしつつ、私がいないことで、安心できなかったりで、心労はあったと思います。



まして、次男は新一年生です。

用意するものたくさん。



すったもんだしながら、私の不在を乗り越えてくれました。




そして、ありがたいことに、両家の両親が差し入れをしてくれていたようです。



それぞれの都合や、こちらでなんとかできる時もあるので、連日ではありませんが、本当にありがたい。



実母は仕事をしつつ手料理の差し入れてくれたり、小学校で必要なものを買いに走ってくれました。



菩薩のお義母さんは、子供の面倒と、食事関連のことをしてくれていたようです。




主人は在宅勤務をして、午前中に帰宅するピカピカの一年生をお迎えしてくれました。



元気いっぱいの小学一年生。

ちっちゃな身体におっきなランドセル。

「ともだちができたよ!!」の報告。

お昼ご飯を用意してあげながらの話し相手。



次男は、しゃべるしゃべる、よく喋る男の子です。


下の子だから、自分の話を聞いてもらえるまで諦めない強い(?)精神力の持ち主。



普段は最強マザコンで、パパより絶対ママ!って感じですが、ぼちぼち、それなりに仲良くしていたようです。




このような感じで、自宅に関しての心配ごとはほぼなく、安心して治療に専念できました。



自分だけが、別の世界にいる気分でした。


孤独感、というのではなく、本当に病人なんだなぁという、痛みを持ちながらもなんだか客観的に自分を外から見ている感じでした。