2度目の脱走から約2か月ほどが過ぎた。
このころには、全く好きでもなく強制的にやらされたヨットの技術も相当上がり、生活態度も良く模範生の域に達していた。
体罰を受ける事も一人を除けば殆どなくなっていた。相変わらずTコーチからだけは的にされていた。
素行が良く、ヨットの技術も上達すれば、早い者なら3,4か月で卒業できる事もある。その後はここ本校と、地方にもいくつかある週に一回の日曜スクールに通う事になり、そこで頭髪や態度等が少しでも悪ければ出戻りで帰って来るケースもある。
日々我慢の中で生きるのも辛いので、「食事」「ヨット」「入浴」、たまに交わす「仲間との会話」等、苦しみ中にも出来るだけ「楽しみ」を見つけながら過ごしていた。
ここを卒業したら果たして本当に更生するのか?
戻される恐怖からおとなしく生きるヤツ、中には本当に心から改心するヤツもいるだろう。でも「非行組」のほとんどは、大人しくなる気なんかサラサラなかった。
卒業してもまたワルに戻るヤツも多いらしいし、中には仲間と復讐を企てるものもいるだろう。現に以前に卒業した者が仲間の暴走族を連れて仕返しに来て、警察沙汰になった話もある。いつか必ずまた起きると思う。
このまま真面目に過ごしていけば2月もすれば卒業できるだろう。
だが絶対に卒業したくない理由が二つあった。
一つは、殺したいほど憎んだ、両親の元へ帰りたくない(この頃は殺したいより二度と顔を見たくないという思いだった)し、まんまと卒業するの事など、悔しくてたまらない思いでもあった。
でも、それよりも避けたかった理由は8月に予定されている奄美への合宿だ。
過去、奄美に言った人間からの話によると、ここよりも人目に付かない無法地帯で、ここ以上の地獄のしごきを受けたとの事.だった。
行けば必ずコーチTにやりたい放題にされる。正直殺されるのではないかという恐怖があった。
いつしか「奄美の前にはここから出る!」そんな思いを共有する「非行組」10人ほどのグループが出来ていた。
変に連ならず、敢えて計画も建てず、チャンスがあれば逃げる。そして出て8月1日正午に東京新宿のアルタ前に集合しよう。盛り上がる事もなく、ささやきながら、皆で目標を建てた。
そんな矢先の翌日。朝の点呼で一人がいない。脱走差が出たと大騒ぎになった。「アルタチーム」の16歳の女子Kだった。どうやって逃げたか全くわからなかったが、見事にその後彼女は帰ってこなかった。
当然だが、脱走者が出れば出るほど警戒は厳重になる。特に直後は厳しい状況だ。
この頃は、入校当初のような苦しみも無く日々の生活に慣れたもので、脱走など全く自分には関係ない事のように装えた。
奄美までは2か月近くある。
冷静に時を待つ。
例え仲間が脱走に成功しても、羨むことなく、逃げる素振りも等1ミリも見せず、模範生を演ずるのみだった。