❶ グローバル企業の横串管理手法は結局うまく行っていなかったのか?

 

多くのグローバル企業において「マトリクス組織」や「横串管理(マトリクス・マネジメント)」は形骸化し、事実上うまく機能していないケースが多発しています。(日本能率協会)

 

かつては「中央集権的な縦割り(国別・事業部別)」の弊害をなくし、グローバルでシナジーを生むための理想的な手法とされていましたが、現実には多くの構造的なジレンマに直面しています。

 

横串管理が機能不全に陥る4つの原因

1. 「二重ボス(Two-Boss)問題」による現場の混乱

 

横串管理(例:購買、IT、人事などのグローバル共通化)を導入すると、現地のスタッフは「現地の社長(縦軸)」と「グローバルの機能責任者(横軸)」の2人のボスを持つことになります。

  • 評価基準が矛盾する(現地は「目先の利益」、グローバルは「標準プロセスの遵守」を求めるなど)。
  • 現場が板挟みになり、意思決定のスピードが著しく低下する。

 

2. 本社主導の「押し付け」と現地法人のサボタージュ

日本のグローバル企業に特に多いのが、本社(HQ)側のガバナンス体制や理解の不足です。

  • 現地の商習慣や市場のリアルを無視した「グローバル標準システム」や「共通ルール」を上意下達で押し付ける。
  • 現地法人は表面上は従うフリ(面従腹背)をし、結局は独自のローカル運用を続けて横串が通らない。

 

3. 責任と権限の不一致(「言うだけ」の横串組織)

「グローバル横串推進室」や「DX推進組織」のような箱モノを作っても、彼らに人事権や予算権限が与えられていないことが多々あります。

  • 各事業部や現地法人のトップの方が力(予算・人事権)を持っているため、横串組織が「ただの調整役」や「社内コンサル」に成り下がる。
  • 強制力がなく、結局は各事業部の個別最適が優先される。

 

4. インセンティブ(評価制度)の設計ミス

どれだけ「横の連携」をスローガンに掲げても、個人の評価やボーナスが「自分の事業部・自分の国の売上」だけで決まる仕組みのままでは、誰も横串活動に本気でリソースを割きません。

 

現在のグローバル企業の潮流:脱・綺麗なマトリクス

「一律に綺麗な格子状の横串を通す」手法の限界を迎え、現在の先進的なグローバル企業はより現実的・実利的なアプローチにシフトしています。

  • プラットフォーム型への移行:
    すべてを管理・統制するのではなく、データ基盤やERP、人事制度(ジョブ型・共通等級)などの「最低限のインフラ」だけを横串で共通化し、ビジネスの実行は現地に大幅に委ねる。
  • 強いセンター・オブ・エクセレンス(CoE):
    ただの調整役ではなく、AI活用、サイバーセキュリティ、知財戦略など、現地にノウハウがない高度な専門領域に絞って、本社が強力な権限を持って横串を刺す。
  • アジャイルな組織間プロジェクト:
    固定化されたマトリクス組織をやめ、必要なテーマ(例:サステナビリティ、新規事業)ごとに、時限式で各部門からエースを集めるタスクフォース型を主流にする。

グローバル横串管理は、手法そのものが間違っているというよりは、「権限と評価制度が伴わない形だけの導入」になっている企業があまりにも多いことが、失敗の本質と言えます。

 

 

❷ 行き過ぎた横串管理の副作用

 

横串が強く働き始めたと同時に、例えばローカルの社長が営業の数字管理だけにとどまり会社全体の取りまとめをしなくなっている実態が起きています。

 

まさにその現象は、グローバル横串管理(マトリクス組織)が「片方に傾きすぎた」ときに発生する典型的な副作用(弊害)です。

グローバルの横軸(機能・事業部)が権限を強めすぎた結果、ローカル(現地法人)の社長が「ただの営業所の長(カントリーマネージャー)」や、極端にいえば「雇われの数字管理屋」に矮小化してしまう現象です。

この実態が引き起こす深刻なリスクと、企業が今どのようにバランスを修正しようとしているのかを解説します。

 

ローカル社長の「営業部長化」がもたらす4つのリスク

1. 現地における「一体感」と「求心力」の崩壊

人事、IT、財務、マーケティングなどの権限がすべて本社の横串(各グローバル責任者)に直結すると、現地の社員はローカル社長の言うことを聞かなくなります。

  • 「社長は営業の数字しか見ていない」と見透かされる。
  • 組織がバラバラになり、現地法人としてのワンチーム(一体感)が失われる。

 

2. ガバナンス・コンプライアンスの空白(誰も全体を見ない)

各機能が本社と直接つながるため、ローカル社長は「人事の揉め事」や「ITセキュリティの不備」を「それは本社の担当だから」と他人事として捉えるようになります。

  • 縦と横の隙間に落ちる「誰も責任を持たないグレーゾーン」が現地で発生する。
  • 不正や労務トラブルの発見が遅れるリスクが高まる。

 

3. 「現地ならでは」のクロスセルや新規事業の消失

かつては現地社長のリーダーシップのもと、異なる製品部門同士が連携して現地の巨大顧客にアプローチしたり、現地のニーズに合わせた複合的な新サービスを立ち上げたりできました。

  • 横串が強すぎると、各部門が本社の指示(自部署の製品を売ること)しか見なくなる。
  • 現地市場に最適化した「横連携」のビジネスチャンスを逃す。

 

4. 次世代グローバル経営リーダーの枯渇

最も深刻なのが、「小規模でも、一国の会社を丸ごと経営する」という経営の修羅場を経験するチャンスが失われることです。

  • 営業管理しかしていないローカル社長は、PL(損益)やBS(貸借対照表)、組織開発を総合的にマネジメントする「総合経営力」が身につかない。
  • 将来の本社役員候補となるグローバル人材が育たなくなる。

 

今、先進企業が取り組む「揺り戻し」の施策

この弊害に気づいた企業は、横串を単に強めるのをやめ、「現地社長の求心力を意図的に再定義する」動きを強めています。

  • 「ソリッドライン(直接指揮権)」と「ドットライン(報告義務)」の設計変更:
    例えば、現地の営業や人事の「第1評価者」を現地社長(ソリッド)にし、本社のグローバル責任者を「第2評価者(ドット)」にすることで、現地社長の社内権力を担保する。
  • カントリーマネージャーへの「現地最適権限」の付与:
    「現地の法令対応」「現地でのM&Aやアライアンス」「複数部門にまたがる大型顧客対応」については、現地社長に最終決定権を明文で残す。
  • 「シェアードサービス(基盤)」と「ビジネス実行」の分離:
    ITや財務などの「インフラ」は横串で効率化するが、現地での「人や組織のカルチャー醸成」は現地社長の絶対的なミッションとして評価する。

 

「グローカライゼーション」から「マトリクス」への変質

1990年代〜2000年代前半に主流だったグローカライゼーション(Think globally, act locally)は、

  • 当時の思想: グローバルの基本方針(米国HQ)を持ちながらも、現地の商習慣や顧客(トヨタ・日産・ホンダなど)に合わせ、現地社長が強い権限を持って「現地最適」を行う。
  • なぜ変わったか: 本社側が「現地に任せるとバラバラになって非効率だ。世界中で同じシステム、同じプロセス、同じ部品を使えばもっと儲かるはずだ(規模の経済)」という本社のエゴ(中央集権の誘惑)に駆られた結果、無理に横串を通すマトリクスへと移行していきました。

 

1. 横串管理の正体:GE型「財務主体の管理手法」の延長

現代の多くのグローバル企業が導入しているマトリクス・マネジメントは、1980〜90年代にジャック・ウェルチ率いるGE(ゼネラル・エレクトリック)が完成させた「財務・ポートフォリオ経営」の劣化コピーです。

その目的は、新しい技術を生み出したり、顧客との信頼を深めたりすることではなく、

 

  • 経費削減(Cost Reduction)
  • 人員の適正化(Headcount Optimization=リストラ)
    という、「短期的な財務諸表(P/L)を綺麗にするための乾いた管理手法」に他なりません。

 

2. この手法がもたらす「経営の官僚化」

GE型の財務主体・横串管理は、一見すると「無駄が省けて効率的」に見えます。しかし、現場の泥臭い努力(代理店開拓や直口座の取得)を知らない「数字しか見ない官僚(エリート)」がこれを握ると、組織は一気に腐敗します。

 

  • 技術や品質は「コスト」と見なされる:
    彼らの頭の中では、開発予算や品質保証の費用は、削れば削るほど「今期の利益」が増えるボーナスチャンスに見えています。だから平気で予算を切り捨て、社員たちを絶望させて退職に追い込むのです。
  • 「バウ(平身低頭)人材」の重用:
    この財務主導のシステムにおいて、最も都合が良いのが「文句を言わずにコスト削減の命令を実行するロボット(現社長)」です。

経営学の歴史が証明しているのは、「財務主導の横串管理(GE型)をやりすぎた企業は、例外なく技術力と現場力を失って崩壊する」という事実です(本家GEすらも、その後この行き過ぎた財務経営で行き詰まり、近年、会社を3つに解体・分割せざるを得なくなりました)。