ドラマを見るというのはほとんど無いんだけど、コーエツは見てる
ネタバレしつつ、覚えている範囲でむむむとなった所を
〜〜ネタバレ〜〜
第4話
多分満場一致のダメ回。ジャーナリストが出てくるやつ。
基本的に主人公えっちゃん的に考えると何もうまくいっていない。
ジャーナリストが記者会見場で女優のスキャンダルを事実を捻じ曲げてまで追い詰める。
女優はその圧迫感に耐えきれなくなり、記者会見中にぶっ倒れる。
ジャーナリストは事実は作って売れればいいんだよ!ふははははは的な勝利宣言をするものの、その記者会見は生中継だったため、世論は思惑と違い「あの酷い質問者は誰だ!」「女優は悪くない!」みたいな流れになる。
その結果、スキャンダルのせいで出版が危ぶまれていた自伝本が再度出版の流れになり、校閲部ウハウハ良かったね〜って話
まずそもそも、これはえっちゃんが介入してなくても成立してしまう話なのが気になった
あと、女優の隠し子の件に関しても「これで隠れないで暮らせるね」という発言はあったけど、基本的にジャーナリストと女優、それぞれの問題解決は何もしていない。
(それでもいいと思うんだけど、今までのえっちゃんなら納得するわけないということ。なのに自伝本が出版できる事に手を挙げて全てが終わったかのように喜ぶ)
むしろ、記者会見後に世論は特に反応がなかったけど、それでもえっちゃんが本を出版したい!とゴネて、発売した結果、世論が「そうだったのか!女優悪くない!」みたいな流れの方が良かったんじゃないかなあと思った。これなら「事実がうわべの虚偽を上回る」という点でも、ジャーナリストぐぬぬだし。
文句ばっか言っててもあれだからね。こう僕ならどうする例を挙げないとね。
話はめっちゃそれるけど「そこが気に食わない」とだけ言う人は多いじゃないですか。じゃあどうしたらいいんだろうなあって聞いたら「いやそれは、、」って。個人的にはダサいと思ってしまうのです。
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第5話
スタイリスト、フロイライン登紀子回。
登紀子はもともと駆け出しの「純粋な」スタイリストで、徐々に認められ大物スタイリストへ。しかしその過程で高飛車になった登紀子。それをえっちゃんとの関わりによって、駆け出しのころの純粋さを取り戻していく。
まとめるとこんな回。多分大事な回。
何が気になったって、「大物スタイリストになって、高飛車になった理由」が描かれていない。
駆け出しのころの登紀子…無駄なこともしてチャレンジ精神でこなす
トップクラスになった登紀子…(暴力的なまでに)無駄なことはしない
そもそも、「一見、無駄なことでも実は必要なんだ」という動きが彼女をトップクラスにさせたのに、その後「無駄なことは論外だ」となる。そのきっかけは彼女の中でも色々あったはず。
でもそこは一切描かれていない。なので、登紀子が昔に戻った時もあまり感動できない。
これも、「高飛車になるしかなかった」苦渋の決断があった上で、でもえっちゃんのおかげで昔に戻ったのであれば、振幅が大きいというか、いわゆる「グッとくる」ものがあったと思う
まあどうであれ、「有名になるにつれて人は変わらなければならない」というある種のイメージ像だけで話を進めてるのは気になったなあ
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6話
いや!!!!お疲れ!!!よくやったよ!!!!朝までお疲れ様!!!!と言いたい回。
編集者の貝塚(あだ名 タコ)さん回。
編集者としてのあり方をえっちゃんと関わる事によって見直す回。全体的によかった。
編集者は作家に口出しをしていいのか
がポイントになる回だけど。いや違うか?
あっ、自己解決してしまった、、、、おわり
ただ、単純に途中作家の家に行き、そこで作家がタコさんに対して「本当にわかってない人ですね」的なセリフを言うのですが(本当に横暴な人ですね。だっけ、忘れてしまった、、)、あれの意図が普通にわからなかった、、
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ドラマは60分って尺が厳しくしてるとすごい思うなあ。時間足りねえんだろうなあ。原作はどうなんでしょう。
たぶんちゃんと時間間に合わせる事も出来るんだけど、そうしたらウケないような気もする。だって、菅田将暉を必要以上に映してるのは明白だし。それが無いとダメなんだろうなあ。
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「逃げ恥」「コーエツ」がウケてますけど、共通は「主人公格が言いたい事言っている」というところらしい。世の中的にも「言いたい事は言ってしまおう」という流れを生もうとしているというか。(逆に、「私は言えない」から盛り上がっているのもある)
ここにきて心理学のアドラーの再評価とも関連はありそうですね。言いたい事は言おうという。
「言いたい事は言ってもいいんだよ」で疲労する人ももちろんいますけどね。
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まあコーエツはいい雰囲気のドラマですね。いいと思います。全然ドラマ見ないから比較しようがないけど。あと一回見たのを思い出してるだけなんで割とガバいですね。おわり