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けんけんパー

雑談をする場所です。


考えるより俯瞰できる能力が高い人がいる




自分を俯瞰しすぎて自分を大事にできない人がいる



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「俯瞰」ということに関して、すごいチープな例えをすると、上司がギャグを言ったりする。



めちゃ笑いながら、心の中では「何言ってんだコイツ」的な視点が存在する。




自分の行動に関してそれとは違う自分で物事を見てる。まあこれくらいならよくあると思う。




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正直、喧嘩とかをしてる人をみてちょっとテンションが上がってしまう人は少なくないように思う。




同期と同期の彼氏が喧嘩しているのを見たり、
友人同士で喧嘩してるのを見たり




所謂、「他人のプライバシーを見れちゃった感」にすごく魅かれる人はいる





「あのカップルの生活を監視カメラで見てみたい」とか話題になることもあるでしょう。いわゆるモニタリングしてみたい欲。





そういう覗き込みの気持ちと、俯瞰的な見方が強い人は、自分が問題に巻き込まれた時、少し面倒なことになったりする。




例えば、付き合ってる人と喧嘩をしたとする。



相手は怒りながらも真剣に自分の意見を言ったりする。自分は表向きにはそれに対して真剣に返答しようとはしているが、内心「こいつ怒っとるわ〜」みたいになっている。




つまり、自分と相手が喧嘩しているのを、まるで監視カメラで見ている(俯瞰している)かのように立ち振る舞う自分がいる。





これだけならまだいいんだけど、「喧嘩している自分」より、「それを監視カメラ越しに見てる自分」の方が重要視してる人がいて、それがなかなか厄介ではある。





こうなると、喧嘩している自分に考えが割けなくなり、さっき言ったことと全然違う事を言ったりする。そしてまた相手は「話を全然わかってくれてない、さっきと違う事を言ってる」と怒る。




↑これで良いとなってしまう。だって、修羅場になればなるほど、カメラ越しの自分は楽しいんだから。





でも喧嘩を見ているのも飽きる。カメラ越しの自分も飽きてくる。そうなると、考えが「喧嘩を収束させよう」という動きに変わっていく。





解決じゃなくて、収束。



厄介なことに俯瞰的な見方を強くできる人は、いわゆる飽きた時に収束させる術を持っていたりするので、一応?無事に終わったりする。




「マジメな話が長くできない人」とかがこういう状況に陥りやすいと思う。マジメな話をしている自分を自分で見てられないから。さっきも言ったけど、少なくない。



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俯瞰的な見方というものは、本来自分をより良くするためにあるのだと。




電車で友達と話してる時、ちょっと俯瞰的な見方をして、「あっ自分声大きいかも」と気づき、声のボリュームを下げる。これが本来の良いあり方というか。




さっきの喧嘩の話は、自分をより良くするどころか、悪い方に行っている。




電車で「声大きいかも」と気づいたのに、やめない。それを俯瞰してる自分は「声がでかい奴いるw」と俯瞰しながら楽しむ。

 


↑電車の話でいくとかなり気味の悪い事をしてるのは目に見えるというか。でも先ほどの付き合っている人と喧嘩の話と同じ。自分も周りも救われない事を自分でして、それを自分で見て楽しむ。




いずれ虚しくなると思う。ペラッペラな自分を作り、それをカメラ越しで笑う自分。自分で自分を笑い者にしない自分を目指したほうがって思ったりも。




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でも、「ペラッペラな自分を作ってそれをカメラ越しで笑う自分」の方がいいという人も居るんだろうし、「それは良くないよ」とは簡単に俺は言えないのであった

 


混雑した話だったなあ