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けんけんパー

雑談をする場所です。

初めてパソコンから更新。いつもと改行の感じが違くて見にくかったりしたら、はい、すみません。

 

 

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最近、仕事の関係で実家近くにいくことが多くなったので、せっかくなので実家に寄ることに。と言っても今一人暮らしをしている所からそう遠くはないので、1ヶ月、遅くとも2ヶ月に一回は実家に帰っている。つまり、帰省感は特になし。

 

 

 

マンションの自分の家のドアに何か張り紙が貼られていることに気づく。「10月半ばから入居可能!」みたいなことが書かれていて、全く理解ができなかった。家に入ると父がいて、事情を聞くと、突如家を売ることに決めたらしい。「何の相談もなしに・・・」と思ったものの、父の過去のいろいろを考えると、あまり追求するのもアレかなとなり、「わかった」とだけ伝えた。

 

 

 

とは言ったものの、10月半ばなんてもうあっという間だ。現在父は、俺の実家で一人暮らししているが、一人で引っ越しの準備をするのはどう考えても大変だ。と言うわけで、俺も暇があれば実家に行ってダンボールに物を詰め込んでいる。多分、この調子だと俺の荷物は間に合わない。なので、10月半ばが訪れた時、父を困らせるであろう。まあそれは知らん。

 

 

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一つ、自分で驚いたことがある。それは、実家が無くなることがこんなにもショックを受けることなのかと言うこと。信じられないくらい落ち込んだ。めちゃくちゃ落ち込む自分と、自分ってこういうことで落ち込むんだ!と俯瞰する自分が完全に同居していた。

 

 

自分ははっきり言って地元は大好きだ。地元の人と会うと、すぐに地元の素晴らしさについての話になることもよくある。そんな地元にアクセスしにくくなることから、ショックを受けたのかと一瞬思ったが、明らかに違う。

 

 

 

話がややこしくなるので端折るが、自分は地元近くにもう一つ家がある。別に地元を味わいたければ、そこを拠点にすればいいだけの話なので、アクセスの困難によるショックではないのは、明らかなのである。

 

 

 

となると、やはり地元ではなく、「実家」そのものが自分にとって大切だったのかなと思ったりする。住みやすい最高の家だぜ!とは思っていたものの、「別にいつ無くなってもいいや」といった立ち位置のつもりだった。どうやら、違ったみたいだ。

 

 

 

「失って初めて、大切さがワカッタノ・・・・・・・・・・・・・・」

はい

 

 

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母校とか無くなって異様に悲しむタイプの人間が「すごい胡散くせえなこいつ」とかよく思っていたものの、もしかして俺も同じタイプに属する人間なのでは・・・?とふと思って、ゾワっともしました。

 

 

 

というわけで忙しい毎日を送らないと行けないはずなのですが、東京にいます。完全に現実逃避と思われても仕方ないです。ノープランで、お金もないことから、東京らしいことは一つも行えませんでした。そもそも、いざ着くと、何もしたいと思いませんでした。向かう前には、 ATM tempo I/II/III セロニアス・モンクに捧ぐ エマニュエル・ソーニエ展 とか絶対行こう!とかなっていたのですが。

 

 

 

唯一決めていることは、北海道に帰った日は、実家に行こうということです。

 

 

おわり(2017/10/10)