娘へ。
あっという間に6ヶ月。
育休もあと半年で終わり。
このところ保活のために
書類や説明会などにいそしんでいる。

でもたった5分洗い物をしている間に
あなたは寝返りをし
はっと気づいた時に、もう
手も足も私の1/3位まで大きくなってる。

保育園に入ったら私の知らない間に、
いろんな初めてをするのだろう。
あなたが好きな人生を選べるように
不自由なく暮らせるように
自分で働こうと決めた。

なのに毎日そばであなたの初めてに
出会えない日々を思うと
切なくてたまらない。

柱の陰に隠れただけで
大きな声で泣く声を聞くたび
私の決心は鈍りそうになる。

怒られてるのににっこり笑う顔。
気を引きたくて大粒の涙を流して泣く姿。
汗びっしょりになってミルクを飲む娘よ。

あなたにもし
「寂しいから家にずっといてほしい」
と言われるかもと思うと
本当に保育園に入れることが
正しいのかわからない。

さっきまで寝ていた娘が
泣いて私を呼んでいる。
その願いを叶えてやれなくなる未来を
私は自分で選ぼうとしている。
1/14に産まれました!

1/13に妊娠高血圧で緊急入院。
当初は誘発のため、バルーンと促進剤を打つ予定
でしたが、バルーンと40mlの時点でかなり痛く、
入れてからすぐ陣痛らしきものが出てきて、
結局バルーン入れてから10時間で出産になりました。

すごく痛かったのですが、
結局陣痛室を通さず、
病室からそのまま分娩台、
分娩台に乗って4時間で普通出産という
超安産でございました。

急なお産で裂けましたが。
お尻まで、奥にも裂けたので
縫うのが痛くてたまりませんでした。

まぁ贅沢な悩みですが。

応援してくださった皆様に
厚く御礼申し上げます。
みなさま
あけましておめでとうございます。
今年の抱負は「無事に出産できますように」
です。

あと18日で予定日です。
今は転院先の病院に通っています。
やはり小さいのでこのまま
この専門の病院で出産する事になりました。

私よりもっと大変な思いをしている
お母さんや赤ちゃん、子供さんを目にして
私の方が励まされています。

ただただ無事に産まれますように。
そしてここまで来てくれた赤ちゃんと
支えてくれた家族に、
このブログを見てくれている皆様に
最大の感謝を送ります。

今年もよろしくお願いします。

紹介状を持って、大阪の母子センターへ
転院のための検査を受けてきました。
母子センターは最後の砦とも言われるくらい
妊娠と子供医療のエキスパートが揃った病院です。

多胎妊娠や障碍を持ったハイリスク出産に
対応できる周産期医療センター。
コウノドリのドラマで出てくる病院と同じです。

当日の緊張っぷりはハンパなく
口から心臓が飛び出るかと思いました。
とても丁寧で優しく対応してもらい
エコーでしっかり胎児スクリーニング
してもらいました。

結果多少、以前の病院より体重が多く見られた
ものの、成長グラフの一番下でギリギリ。
でもそれ以外は問題なしとのことで
つかの間の安堵。

ただ週数が立っているのと脂肪がついてるので
(´・Д・)」心臓などの細かい部分が見られず
産んでからの診断になりました。

前の病院では深刻な問題も
この病院では大した問題ではないようで
もとの病院でも産めるかもとは
言ってもらえたのですが、
不確実な部分がある以上、また母子センターに
もどらされる気もしたので
転院を決めました。
あわただしく検査を受けて
管理入院もしなくていいよとの結果。

一安心です。
もう臨月に入るので、入院準備や
ぼちぼち運動も解禁して出産に備えます。

体調はどんどん不調になってるけど
正常範囲内ということにして
コツコツ頑張ります。




前回から首の皮一枚で転院を免れていましたが
今日の検査で残念ながら転院決定しました。
4日後に転院先の外来診察を受ける事に。

あー。凹む。

2週間で100gしか増えて無かった。
ポンコツ母ちゃん。
母ちゃんの体重は1kg増えてたのに
ごめんね。

転院先の病院はとても有名な病院だから
子どものためにはいい。

問題なければもう一度今の病院に
帰される可能性もあるけど。

あー。ごめんよ。
buuは長い間休職させてもらっているので
育休は早めに切り上げて、フルタイムで復帰したいと
考えています。
もちろん子供に障碍があれば
すみやかに退職する事になるだろうとも考えています。

働く事に抵抗はないんだけど
子供が小さいうちに働く事で子供が寂しいだろうな
とは思います。

働かずに済むなら子供の側にいてあげたい。
ほとんどのお母さんはそう思っているのでは
と感じます。

安倍政権は主婦の活躍や
共働きを推奨していますが
保育園さえ増やせればいいってもんじゃない。
子供の気持ちや母親の気持ちを
理解していないように感じます。

そこに両親の介護が被さってくれば
もう目も当てられないのに
家での介護が前提とか、馬鹿にしてんのかって
腹が立ちます。

結局国会議員は実家が裕福で
子育てもあまりしない人ばかりで
介護もした事ない人ばかりなんだよなーとか
嫌でも見て取れます。

国会議員は全員ボランティアで
介護や保育施設で1年研修必須にするとか
徴兵制度代わりにやったらどうなんだろう。

平民の生活を知らずして
平民の政治は行えないと思います。
前回、転院の話をされていましたが
とりあえず2週間は様子見が決定。
決して大きくはないが成長しているからだそうです。
ネットでバナナを食べてすぐ横になるといい
とみたので、ただじっと我慢していたのですが
効いたのでしょうか?
先生は科学的証拠はないと言ってましたけど
わらにもすがるという言葉がぴったりのbuuです。

またbuuは妊娠発覚と同時に切迫流産で入院。
入院中に妊娠悪阻で点滴をして退院後も
どんどん体重が減り、安定期で体重減少が止まるも
3時間以上動くと茶オリとお腹など貼りが出るので
仕事をずっと休職しています。


会社から傷病金の手続きを言ってくれたので
今やっとその手配などし始めたのですが
妊娠悪阻の自宅安静の場合の傷病金申請は
医療行為がないと通らないらしいです。
buuの場合は少しでも水さえ飲めるなら
点滴しないというスパルタ病院のため
医療行為がないんです。
同じ病院の助産師さんからはなんで点滴しなかったの
って言われるほどひどかったんですけどね。


妊娠は病気でないという事が顕著だなって
すごく感じました。
正直、傷病金の存在すら知らなかったんで
少しでももらえるならいいかと思ってたんですが
病院の医師の治療判断次第でもらえる金額が変わるって
不平等だよなーと思いました。

不正受給はもちろんダメですが、本当に働けないのに
甘えですって言われてるみたいで不快ですね。

私だって働けるなら働きたかった。



ようやく妊娠の入院準備や出産準備を
始めようという気持ちが少し湧いてきたのに
ここへ来てまさかの転院話が..._| ̄|○

今の病院も総合病院なんですが
NICUは無いので、今後転院もあるかもという
診断になりました。

原因は赤ちゃんが小さいこと。
私の身体はホントにポンコツ。
赤ごめん。

今後しばらく様子見て
胎内でうまく成長できなかったら
早めに出して大きくするみたいです。

障碍も可能性あるし、覚悟してたけど
心配で吐き気が止まらず...。

本当にごめんね赤ちゃん_| ̄|○
いいね!をしてくれている皆様
本当にありがとうございます。
こんなbuuのブログをみてくれているなんて
感激です。

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先日、母方の祖父が亡くなりました。
100歳の大往生でした。
赤ちゃんが産まれるまでがんばれって言ってたのですが
残念でした。

母方の祖父とは同居していなかったので
私は介護はしなかったのですが、
母は母の弟妹と一緒に病院へ行ったり、
家へ行ったり大変だったと思います。
お疲れさまでした。母はえらい。

もう20年も前の話ですが、
私は父方の祖父母と同居していたので
そちらの介護はガッツリしました。

母と私と二人で祖母のオムツ替えや
褥創よけのため、3時間に一回起きて体勢変えたり
大変だったことを思い出します。

何年かは家族だけで介護したのですが
家族が病気で倒れたり、負担が大きくなって
病院へという事も考えたのですが、
父親が病院に入れたくない、本人も嫌がったので
父の姉妹にも手伝ってもらう事になりました。
(介護度も高かったので、今なら病院へお願いすると思います)

当時の家は市営の住宅で部屋が狭く、少ないため
祖父母の介護のために
実家から徒歩10分ほどの伯父さんの空いている家に
私と姉は住まわせてもらいました。

当時buuは高校生で、受験真っ最中。
姉は就職したばかりなので、
お弁当作りやご飯作り、アイロンがけ、風呂掃除は私の仕事。
姉は洗濯やその他こまごました仕事など
助け合いながら二人で暮らしました。
(週末は自分の家ですごして介護)
buuの母親は昔からよく入院する人だったので
自然と姉も私も家事スキルはひととおり
できたのでまあなんとかなったんですよね。

そして祖父の告別式の翌日がセンター試験でした。
幸いすでに推薦で第一志望の私立の美術学校に合格していたのですが
センター試験は結果も良くなく(これは推薦通っていたから油断したと母に言われた)
祖母の告別式の後(前だったかな?)の実技試験もよくなく、
国立の大学の方は不合格でした。

衝撃だったのは、高校の進路決定の際の三者面談で、
勉強していますアピールをしておらず(夜は介護してたし)
「努力が足りない。お前なんか受からない」と
担任の美術教師に言われたこと。
(この時でも成績は受験必要科目すべてクラスで
10位以内はキープしてたので何がだめか未だに分かりません)

母親がよく入院する事や、娘の私が家事や介護を手伝う事が
もう何年も当たり前だったので、
高校生が姉と二人暮らしで、家事も介護も受験も平行してやっていた事を
学校にも担任にも知らせてなかったんですよね。
(さすがに小学生の時は母が担任にお知らせしていましたが)
変にすごいねって言われる事も、同情される事も面倒だったので。

うーん。この先生は問題先生でしたよ。ほんと。
(大学で教育実習にいったときもこの担任がいたのですが、まぁ人気ない事。
選挙の時には共産党に票を入れろと電話してきましたよ。もちろん入れてませんが。)
まだ、現役でやってるそうなのでくわばらくわばらです。

今のように介護の福祉が充実しておらず
かといって同居している家族もほとんどいない時代だったので
今同じ事をしろと言われたら無理と答えそうです。
大人のおむつ替えていたから、赤ちゃんのおむつはいけそうだろう...
と思っています。(甥っ子の替えてたし)
でも体力だけが心配です。

そろそろお互いの親の介護も考える年になってきたので
夫とも話しとかなきゃなーと思います。
やっぱりお金が大事です。子どもの進学だってそう。
地獄の沙汰も金次第はついてまわりますね。

できるだけ子どものそばにいてあげたいけど
家計がそれを許しません。
保育園や学童や今のうちにシュミレーションし始めてます。


早いもので来週で8ヶ月になりますが
そろそろ出産準備や入院準備をはじめないと
という時期ですが...

長期にわたる「子どもはできない」という
自分へのいましめというか刷り込みというか
そういう気持ちもあって
全く準備をしておりません。
というか正直な気持ち
「怖くてできない」という状況です。

現時点では
・出産まで仕事は禁止の自宅安静(無理するとすぐ出血)
・赤ちゃんが小さい(OKラインのギリギリライン)
・少し赤ちゃんの頭が小さい
・高齢出産
・子宮筋腫あり出産
・過呼吸もち

などネガティブな要素があり
ウキウキしたマタニティライフとは
縁遠い生活を行っているためなのですが

さすがにそろそろ準備し始めないとなー
と思っております。

予定日は来年1月なので、しばらく家にこもるとおもうので
最低限の肌着、おむつ、哺乳瓶1つ、ミルク、ベビーバス、だっこひも
くらいあればいいと思うのですが
それすらカタログみるのもおびえています。

こんなポンコツかあちゃんですまない...

そしてそれほどまでに「不妊」というダメージが
大きいんだという事を改めて実感しました。
それでも幸せな悩みなのだと思います。

どれだけつらくても、しんどくても
赤ちゃんが欲しいという「不妊」の頃の気持ち。

どうか一人でも多くの「ベビ待ち」様のところに
コウノトリがあらわれますように。