不妊治療中は子宝によい神社やお寺など
たくさん行きました。
お守りもいっぱい。

色々ありましたが
今回の妊娠発覚の際に行った神社を
アップします。

「その1」
伊勢神宮外宮ー猿田彦神社ー
伊勢神宮内宮ー伊勢神宮子安神社

前から伊勢に行きたくて、せっかくなので
子宝もお願いしようと思って行きました。
猿田彦神社は外宮から内宮の途中にあるのですが
偶然お参りできたんです。
ここも子宝祈願あるのでぜひ。


内宮では五十鈴川岸の御手洗場で手を洗うと気持ちがスッキリ。
マニアックですが愛用の
水晶ブレスレットも五十鈴川で浄化させてもらいました。
内宮の本殿をお参りした後、子安神社では鳥居を奉納しました。

「その2」
実家ゆかりのお寺と祖父母の墓参り
お正月にいつも行っているお寺と墓参り。
不妊が辛くて泣きながら
祖父母の墓参りをしました。
母ももらい泣きしてました。

正直効果があったと断言できる
確証はありませんが
ストレスを癒していただいたと思っています。

同じ悩みに苦しむ方に、
ご加護がありますように。


<追記>
2015.10.23
本文内の説明を少し追加しました。(名称など)
前でも分かるのですがより誤解のないように詳しくしました。


不妊治療である程度すすむと
避けては通れないこの検査。

以前の日記にも書きましたが
私のAMHの値は限りなく0に近く
不育症の障害も出ていました。

どちらも要治療の値でしたが
食事改善と適度な運動でダイエットしたら
自然妊娠できました。

妊娠後に数値について先生に聞いたら
数値はあくまでも数値で、体質変えれば変わる
と言われました。


食事は卵かけ御飯、玄米食、
100円で売ってる手のひらいっぱいの
カット野菜を
ノンオイルドレッシングで。

ダイエットドリンク以外の食事は
いたって普通に手に入る食材でした。
1日1300kalに抑えるだけ。
野菜中心にしていれば満腹です。

病気や事故などで物理的に不妊になって
しまう場合は仕方ないですが
そうでないなら食事の見直しオススメします。

私の言葉を聞いた夫は
全く間髪入れず
「そんなの関係ない。結婚しよう。
子どもが欲しくて私と付き合ってる訳じゃない。」
そう言われて、私が驚き号泣。

こんな人がいるんだぁってビックリしました。

後はアレヨアレヨという間に
マンション買って、ローン組んで、
指輪買って、1年後には結婚しました。

全く予想しない人生の展開に
本当に自分も家族もビックリでした。

そして3年後にまさかの妊娠。

人生は何が起こるのか分からないものです。




付き合い始めの頃の私は
子どもができない事を夫に言いませんでした。

なぜか。結婚を考えていなかったからです。

夫は3歳年下で当時まだ31。
女性と付き合いはほとんどないチェリーで
仕草がちょっとカマっぽい。
全くタイプでなかったんです。

ただ性格はとても良かったので
表面的な所さえなおせば
もっといい人が表れると思っていたので
上目線ですが、一人前の男にするところまで
お手伝いして送り出そうと私は思っていました。
ところが、、、

私の意思を反して夫はグイグイ来て
草食系の見た目に反して行動は肉食でした。

私の家に良く来るようになった半年後
夫がチェリーでなくなった日に
「子どもができないと言われている。
だから結婚できない。誰かいい人を見つけて。
今の夫ならきっといい人が表れるから」
と別れを告げました。






夫とは某有名ネット結婚相談所で知り合いました。
婚活当時、すでに不妊は分かっていたので
一人用マンションも物色してたのですが
後悔しないよう記念にというくらいの
軽い気持ちで入会しました。

会員制の掲示板のようなところに
体重や身長などもプロフィールで公開されるので
素直に当時の体重を書きました。
そしてコメント欄に太っていてもいいという
方がいたらまずはお話お願いいたしますと
書きました。

少しですがお申し込み頂ける感じでしたが
リアルに会うまではいきませんでした。

でもお食事会などではご指名してもらえる
事も多いので、データのみでなく
リアルに会うって大事だなと思いました。

夫とは食事会でなく500円で参加できる
趣味の集まりお茶会で知り合いました。
5000円以上かかる食事会とは違い
2時間くらい小さな部屋で行われるので
大学の趣味サークルお茶会って感じで
オタク同士の婚活状況を
共有する会って感じで面白かったです。

夫もその中にいたのですが
ほとんど話す事もなく終了。
その時のメンバーの連絡先が渡されたので
その日に掲示板を確認したら
夫は以前私にコメントをくれた人だったのが判明。

お互い気づいていなかったので
掲示板で声を掛け合い、
その後一緒に出掛けるように。

職場も近かったので夕食を
よく食べに行くいくようになりました。


先生によっては肥満の人でも妊娠している人がいるからと聞いて
安易に高度不妊治療をしないほうがいい。

お金も時間も心も身体も回り道になるかもしれない。

妊娠しやすいBMI値は22。
太りすぎても痩せすぎても妊娠しにくくなる。

もう手だてがないって先生に言われて
仕事に追われて努力できない事を言い訳にして
お金出せば痩せなくても治療できる事に逃げても
何も解決にならない。

健康でなければ健康な赤ちゃんを産む事はできない。
病気が原因なら仕方がないけど
そうでないならもう一度自分の身体が
本当に健康かどうか見直してみてほしい。

夫婦二人で生きていくためにも
肥満はリスクが高すぎる。
あの頃の私にいってあげたい。

妊娠できる身体作りをまずはじめよう。
いま、7ヶ月に入ったところですが
職場復帰のためリハビリしていますが
少し無理するとおなかがカチカチになり
茶オリがでます。

胎動はすごいのですが、赤ちゃんの大きさは
ギリギリラインらしく、
ポンコツな身体のかあちゃんでごめんねって
夜にしくしく泣いてます。

ダウン症の検査も羊水検査も受けませんでした。
分かっても産むつもりだったし
怖かったし。

先生にはそれを伝えて、今後エコーや検査で
異常があったら受けますと伝えています。

buuは今37歳。
高齢出産の初産。しかも病弱。
こどもに障害があったらどうするか
無事に産まれてきてくれても
金銭的余裕はないから共働きは必須。

1月生まれの予定なので、保育園探しも難航するでしょう。
いろんな不安でいっぱいいっぱいのbuuですが
先を見ずぎず、一歩前をみると自分に言い聞かせて
日々を過ごしています。

妊娠・出産は命がけですね。

オークの退院と同時に分娩のできる病院への転院へ。
喘息持ちという事や、肥満、高齢出産という事もあり
自宅から近い総合病院にしました。
NICUはありませんが、すぐ近くに大きなNICUのある病院があるので。


ゲ○袋をもったまま、母子手帳を受け取りにいきました。
5ヶ月すぎてもつわりがひどく
ただ寝ているだけの日々。
あんなに欲しい子供を妊娠できたのに
あまりのつらさに「もう子供と一緒に死ぬ」と叫んだり
親や夫にあたりちらす日々が続きました。

自宅安静がずっと続いたので
切迫流産から会社をずっと休みっぱなし。

6ヶ月にはいってやっと起き上がる事ができるようになり
5時間続けて座る事ができるようなりました。
(ただし翌日寝込みます)
体重減少もやっと落ち着きました。
検診のたびに看護士さんや助産師さんから
「ダイエットしなくていいから」と言われてたので。
いや、そんな気は全くないです。スイカしか食べれなかったんです。
でも先生は増えないようにねと言うし、矛盾じゃん!とかなんとか。

今7ヶ月に入ったところですが
正直入院から6ヶ月くらいの記憶があまりありません。
ただつらかったことだけが残ってます。
その後も腹痛と出血があり、
次の診察で胎のうが確認できたので
「切迫流産の可能性があるので、このまま入院する?」
と言われました。

一瞬迷いましたが、先生の進めもあり
着の身着のまま入院になりました。
出血があったため、この日は両親が
ついてきてくれていたので入院に必要なものは
両親と夫にまかせて、私はそのまま車椅子にのせられ
トイレ以外は寝たきりの絶対安静入院に突入。

産まれて初めての入院でした。
3日間の入院のはずが、出血がとまらず
2週間近くの入院に。

自然妊娠のせいかその後なんとか妊娠継続してくれました。

大部屋だったのですが、不妊治療専門病院のため
同じように入院している方は
不妊治療で妊娠した方ばかりだったので
やはり悲しいかな流産となるかたも多く
とても辛かったです。

しかし、入院後半はひどいつわりに悩まされ
診察台にあがる力も減ってしまい、
吐き気止め入りの点滴をうちながら過ごしました。

退院後もこのつわりはつづき妊娠悪阻で
体重は-8kg、62kgまで落ちました。
1週間後の診察まで
私の頭はパニックでした。
仕事も手につかない、足下がおぼつかない。

天国と地獄の判決の間を待つ気持ちで
手が震える事もしばしば。

気分転換に夫とカラオケにいって
熱唱していたら、おなかが痛い。

トイレにいったら茶オリ...。
これって出血?
えっどうしよう。え、これもしかしてヤバイ?

急遽病院に連絡して
「いまからこれますか?」といわれ夫と病院へ。
もうなにがなんだかわからない気持ちで診察へ。

結果、胎のうは確認できませんでしたが
血液、尿検査では妊娠陽性が。
出血、腹痛もあるので安静にするよう言われました。

胎のう確認しないと妊娠とはいいきれないし、
初期流産の可能性もあるからと言われました。

妊娠できたんだ!私でも!自然妊娠で!
でもまだよろこばない。よろこべない。よろこんじゃだめだって
言い聞かせているのにもかかわらず
うれしいからなのか、流産したらどうしようという不安からなのか
診察室で号泣していました。