こんにちは、香琳です。

 

もうズバリですが、

「話が通じる人」と「話が通じない人」

この2種類がこの世にはいます。

 

以前は通じていたけど、通じなくなる人も

その逆もあるのが不思議ではありますが

どちらも事実としてありますよね。

 

うん、でね、

こないだ書いた「力を奪う人」とも

通じるんですけども、

この「話が通じない人」とは離れてOKです。

▼参照:今すぐ離れたほうがいい人間関係とそのポイント

 

その人が良いとか悪いとかではなく

通じないということはあるんですよ。

 

どう頑張っても周波数が合わなくて

質問と答えが嚙み合ってこない。

これは多少チューニングを誰だってしますよね。

お互いに歩み寄るのが通常のコミュニケーション

だと思いますが、それをやっても、

どうも通じない。噛み合わない。。

 

この場合はですね、そこまで~ってこと

なんだと思うのです(笑)

 

見えてる世界が違うし、住んでいる世界も

違っているんです。

物理像がそこにあるから、見えているから

《同じ世界に住んでいる》と勘違いしちゃうけど

住んでいないのですよ。

 

で、ここからがポイント。

 

これね、《 修正不可能 》ですから。

 

こちらを向かせようとしても無駄だし

自分が相手の視界に入ろうとしたり

相手に通じる言葉でコミュニケーションしようと

しても無駄です。というか無理なのです。

思うような結果は得られません。

 

 

ここで次元などという言葉を使うと

ややこしくなってしまうので控えますが、

なんというか、GPS上では、地図上では

同じ座標にいるように見えるけれども、

片方は下道、地道を走っていて

もう片方は高速道路上にいるっていうか。

 

地図上では同じ座標にいるけれども

見えている世界も目指すゴールも違うからね。

そんな感じ。

 

でもね、たまにありますよね?

高架を走っていて高速道路と目線が合うみたいな。

そんな感じで一時的に通じていた瞬間があったり

すると、そのあと目線が合わなくなった時に

寂しく感じることはあります。

 

でもそこで躍起になっても無駄なんですよね。

エネルギーの無駄遣いになりますので

おすすめはしません。

 

 

あと、時間を経て、コミュニケーションを

深める中で、あれ?実は通じてなかったぞ?と

気づくこともありますよね。

 

その時もちょっとガッカリはしますけども

それはどちらかが変わった可能性もあるし

そもそも違っていたけど気づいていなかったり

ケースバイケースだと思いますが、

いずれにしても気づいた時点から関係性の

次のフェーズが始まるのだと思います。

 

 

最近の私は、話が通じないと気づいたら

すぅ~っと離れます(笑)

 

離れるというか、それ以上は距離を詰めない。

すべての物事はあるべき場所に収まりますから

自然と成るように成っていきますしね。

考えることも好きだから、違う意見に対しては

何か意見したくなることもあるのですが

ぐっと堪えて、受け流すようになりました。

 

ここで話が通じない人に対して議論したり

何かを押し付けてしまうのはエネルギー効率が

悪いですから。

 

その時間を、話が通じる人の中で、かつ活用して

いい形に使ってくれそうな人に向けたほうが

世のため人のためになりますしね。

 

 

これもね、自分の老婆心だったなと思ったのが

「こっちのほうが近道だよ」って確かな情報を

与えても、自分で確かめる!って言って

遠回りしたがる人が一定数います。

というか、割と多いです(笑)

 

で、やっぱりそうやったわー!って言うの。

だってそうに決まってるやん!って思うけど。

先に行って失敗したから教えたのに…って。

 

ここが人間なんですよね。

やっぱりね、自分で納得したいの。

 

失敗かもしれないけど、自分で確かめたい!

これがね、ほんとに不思議なんだけど

ほとんど希望がないとわかっていても

それを自分の目で確かめたいと思うらしい。

 

当然、自分もそう思うことも多いなって

特に自分で体験してみたい派なのでね

余計にそういう部分はある気がする。

 

そのうえで、

なんでこれを書きたかったかというと

見切りのつけ方をね、ちょっと考えてもいいな

って思うようになったから。

 

なんでもかんでも自分の目で確かめなくても

状況判断からでもいいんじゃないか?と。

 

要は、

わかっているのにわざわざ突っ込むって

自己愛なんだろうか?ってこと。

 

自分を大切にするならば、信頼のおける人の

情報や自分なりの調査において早めにジャッジ

してしまうのもアリだよねって思うのです。

 

少し傷ついて、犠牲を払ってから手を引かずとも

遠まきに見てダメだと思ったら撤退したり

避けて通ってOKだよねと。

それって別にズルくもセコくもない。

 

 

この先は火事だよ!逃げて!と言われて

そうなのか!ってダッシュで引き返すのは

自分を守るためには大切だと思うのですよね。

でも、割と多いよって書いたのは、

その火事を煙が見えるところまで確かめに行って

それから引き返して逃げる人ね。

 

先の情報で逃げていればススを被ることもなく

ゲホゲホすることもなく退避できるんだけど

人って、自分の目で火元を見たい生き物らしい。

 

どちらを選んでも正解・不正解はないです。

だから好きにすればいい。

 

そう思いつつ、近頃の私は、

火元からさっさと逃げることを学んでいます。

直感が磨かれていくと、火事になるかも?の

段階で気がつくようになってきている気がする。

それを信頼することを学んでいるようですね。

 

 

ということで、

話の通じない人を説得するよりも火元から離れる!

をおすすめします。

 

「話が通じる/通じない」のほかにも、

「聞く耳を持っている/持っていない」もあるのでね。

後者は時間の経過で変化する可能性はあるけれど

話の通じる/通じないに関しては、

歩み寄ろうにも、ちょっと難しいと思いますね。。

 

疲れちゃうからね。

限りある時間、限りある今この瞬間のエネルギーを

どこに使うべきかは賢く判断したいものです。

 

 

では、また!