雨と恋と万葉集 | 真夏のなぎさ

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”異性が苦手”というコンプレックスをもつ♀がつづる、能天気ときどきまじめなブログ。

『言の葉の庭』という映画が好きなのですが、
この作品をひとことで説明すると、

「万葉集の短歌」という文学的モチーフと
「雨」のもたらす幻想的な景色が演出する恋ものがたり

といったところかな。詳細は公式サイトでどうぞ。笑

「“愛”よりも昔、“孤悲”のものがたり」
という、映画のキャッチコピーも気に入っています。

今からずっとずっと昔を生きた万葉時代の人びとは、
「恋」を「孤悲」と書き表していたんだって。
「孤(ひと)り悲しく相手を想う」から「孤悲」という字を当てたのだとか。

監督の言葉を借りると、
「“恋愛”は近代になってから西洋から輸入された概念であり(中略)、
かつて日本には恋愛はなく、ただ恋があるだけだった」
んだそうです。

「孤悲」って書くと「恋」はとてつもなく切ない気持ちのように思えるけれど、
私はなんとなく共感できるなあ。

もしもこの先、好きな人ができたとしても、
その人を大切に想えば想うほど、
恋愛関係になるのがこわいと思ってしまうから…。

「友だち」だったら一生の関係を築けるけれど、
「恋人」という関係は、お互いの気持ち次第で
別れがおとずれ縁がほどける可能性もあるわけだから、
「この人が好きだからつきあう!」と
簡単に決断することができません。

「孤(ひと)り悲しく相手を想」っているほうが
ずっと側にいられるんじゃないか、と考え出したりすると、
それはもう、出口のないトンネルに迷いこんだような気持ちになって、
切なくなります…。



映画の中では、「キャラクターのセリフ」として
万葉集の短歌が引用されています。

雷る神の 少し響(とよ)みて さし曇り
雨も降らぬか 君を留めむ

雷る神の 少し響みて 降らずとも
われは留らむ 妹し留めば


意訳を交えて解説すると、
「雷がとどろき空がくもって雨が降ったなら、
わたしはあなたを引き止めることができるのに」
という歌に対して、
「雷がとどろき雨が降らなくたって わたしはここにいますよ。
あなたが引き止めてくれたなら」
と返した歌で、ふたつの歌は対になっています。

現代だって、「雨」を口実に相合傘をするカップルがいるのだから、
雨に恋心をよせる美意識は
今も昔も変わらないのかもしれません。

宮崎駿監督の作品の背景美術には芸術的な美しさがありますが、
新海誠監督のつくったこの映画の「雨の描写」もなかなか素敵です^^