集団的自衛権容認賛成の方は
どのようなものでも良いですから
日清戦争~第二次世界大戦の
映画または記録映画を見ていただきたい。
そこには必ず、英雄としての「人殺し」の姿が
描かれています。
人殺しを正当化したい人は
軍隊に入ってください。
ただしその場合、殺す相手は
自分とは全く縁も所縁(ゆかり)もない
自分の憎しみや憎悪の対象外の人間だということです。
旧帝国陸軍は、精兵を作るために、
相手が人間であることや、
個々の人格を完全に否定し、
敵と遭遇した時には、
藁人形のごとく、直ちに殺戮することを
徹底して教育しました。
そうしなければ、戦闘の現場で
敵兵と遭遇した時に、
ほんの一瞬の差で生死が決まるその瞬間に
僅かな躊躇(ためら)いで
自らの命を落とすことになるからです。
これが戦場の実情です。
戦争体験者が多くを語らないのは、
この厳しい現実を体験してきたからです。
人殺しの現場を、
語り伝えるなどということが、
まともな神経の人にできるものか、
戦後生まれの我々は、
よくよく考えなければなりません。
このように戦争の現場は、
極めて残酷なものです。
このことを知らない者が、
自分の勝手な信念を振り回し、
他国との戦争参加容認を是認しようなどとは、
これこそ「不遜の輩(やから)」
「国賊」そのものと言えるでしょう。
いかに限定しようが、
内閣が変われば認識も変わるのです。
拡大解釈はしないとf言っても、
それは現内閣の話であり、
次期政権以降で、拡大解釈をしない保証は何もない。
事実、詳細に見ると、
他国における自国民の生命財産を守ることが
基本的な要件になっています。
これは過去に侵略戦争のきっかけとなった事項と符合します。
過去の帝国日本が行った侵略戦争の大義名分は
外地居留地の邦人の生命財産の保護でした。
太平洋戦争だけは、
アジア諸国の欧米植民地からの解放でしたが・・・。
いかなる理屈、理由をつけても、
「戦争参加自体が悪である」
との、生命尊厳至上主義が最優先されない限り
根本的解決には至らないでしょう。
賢明な国民諸氏には、この点をよく踏まえて、
自らの命と生活を守っていただきたいと
切に願うものです。