この世の中は魑魅魍魎や妖怪の闊歩(かっぽ)する世界。
何て言うと、魑魅魍魎に怒られそうなくらい、
まともな人間の考えとはかけ離れた事が、横行しています。
例えば、原子力発電所の再開。
福島での大事故で、全国の原子力発電所の安全性が再点検され、
より安全な対策が必要という事で、安全対策が出されました。
と言う事は、安全対策が施(ほどこ)されて安全が確認されるまでは、
安全な状態とは言えないという事ですよね。
ところが、安全対策をするから安全だと言う結論で
原子力発電所の再稼動を決定してしまいました。
どう考えても、明らかに理屈に合わない決定です。
昨年東京電力の計画停電で、
経済への影響が大きい事は分かっていました。
1年近くあったのですから、当然その対策は打てたはずです。
ところが、様々な理由をこじつけて、
節電対策を先送りにした結果、
原子力発電所の再稼動という異常な事態となったのです。
人命よりも経済(言い換えれば欲望)優先。
これを当たり前の事としている。
これが妖怪と断じる所以(ゆえん)です。
何故、こうした事が起きてしまうのか。
これは人の『心と価値観』の問題と言えるでしょう。
宇宙の根本、根源の法則と現実との間に厳然と存在する原理。
この事が、『分からない』、『知らない」、『信じられない』ために
なにが一番大事なことかが分からなくなってしまっているのです。
この根本的な解決法を自ら実践で示したのが、日蓮でした。
日蓮は当時の最高権力者に対して『立正安国論』を上奏します。
その中で、最も重要かつ肝心な原理が書かれています。
それは簡単に言うと、自らの幸せを願うならば
まず自分の周囲の人々の幸せを祈れということです。
自分と縁するすべての人の幸せを祈る事が、
『正しい祈りの方向』です。
これが日蓮仏法の真髄たる、生命尊厳、絶対平和の原理です。
宇宙根源の法則と共鳴しても自分のためだけなら共鳴も非常に小さく
享受(きょうじゅ)するエネルギーも少ないのです。
自分のためだけの祈りは、成就させる事さえ難しくなります。
自分と接する周囲の人の幸せを祈れば、自分だけでなく
祈った相手までも宇宙根源の法則と共鳴し、
共鳴によって発生したすべてのエネルギーが
祈った人に還(かえ)ってきます。
そのエネルギーは自分の事だけを祈った場合とは
比較にならないほど大きいのです。
より多くの人の幸せを祈る時、
その中に自分の願いも意識しなくても自然と含まれます。
自分が祈った周囲の人が次々と幸せになっていくと、
自分の問題もいつの間にか解消されているものなのです。
この原理、道理が分かれば、
自分の事より周囲の人のことを真剣に祈るようになるでしょう。
より多くの人の幸せをより強く真剣に祈る。
これが世界に定着すれば、戦争やテロはなくなるでしょう。
しかし、この原理の実践と実現は、命がけでなければ出来ません。
なぜなら、宇宙根源の法則と共鳴すると
大きなエネルギーを受け取った分だけ、
命がけの、より強い生き方が求められます。
と言うよりも、より強い生き方が出来るようになるために
あえて命がけにならなければならないほどの困難が来るのです。
日蓮自身も何度も殺されそうになりましたし、
前回紹介した教育者も、時の権力の弾圧によって獄死しています。
しかしながら、どのような場合でも、この生き方を貫き通せば
最強の生き方、つまり何も恐れるものが無い生き方が出来ます。
これを日蓮は『現世安穏げんせあんのん)』な生き方と言っています。
何事も無い人生などはありませんが、それでも平穏無事を願うのが
世の常としたものでしょう。
しかしそれは絵に描いた餅、砂上の楼閣に過ぎません。
それは幸せな生き方ではありません。
むしろ失うものが多くなればなるほど、失う恐怖感に襲われ
不安な日々となってしまいます。
どのような困難な状況になったとしても、
悠然と乗り越えていける力強い生き方こそ、
真の幸せな生き方と言えるのです。
この生き方を未来永劫に亘(わた)るすべての人が実践し、
最高に充実した生き方ができるようにと祈り
命がけで実践の姿を示した日蓮は、
まさに末法の時代の『師=仏』と言えるでしょう。
今の世は妖怪の天下。
人は権力の魔性に取り込まれやすい生き物です。
個人の利益と言うも国の利益と言うも本質的には同じです。
みんなで共に協力し合って、みんなが幸せになる事を一番に考えれば、
争いごとなどは自然に無くなります。
こんな簡単なことが非常に難しいことになっています。
現代に日蓮の『立正安国論』の精神が蘇(よみがえ)り
その原理、思想が世界に定着する日の一日も早からん事を切に祈ります。
次回の妖怪ワールドでは、最近目に付いたテレビ番組での
とんでもない歴史認識の誤りについてお話しする予定です。