今思えばこの治療のおかげで

あのステロイド地獄から抜け出せたのだから

アトピーは治りはしなかったけど

効果のあった治療だったんだと思います。



治療をやめ4月からまた働き始めましたが

治療もしない、薬も塗らないでは

普通の生活ができないと思い



病院に行き

ステロイドを使いたくないとしっかりと主張して

薬を処方してもらいました。




顔にはプロトピックとゆう薬。

ステロイドではありませんが、

発ガン性のある物質を含むみたいな説明を

本か何かで読んだ覚えがあります。



よっぽど大量に使用しない限り大丈夫だとは書いてありましたが。

それを塗った後は太陽に当たってはいけないので

夜に塗って寝るとゆう生活でした。



私はそれを顔には1日に1回。

体は体用のごく弱いステロイド薬をアトピーが出た部分にだけ

塗るという生活を続けました。



だんだんプロトピックは2~3日に1回で済むようになっていきました。



そんな生活が何年か続き

少しずつ顔に薬を塗る頻度を落としていったところ

いつからか

顔の薬を一切やめられたのです。



今でももちろんアトピーが顔に出ることもあります。

そうゆうときは体用の薬をほんの少しだけ

顔に塗ります。



1~2度薄く塗ればまた元通り薬を塗らない生活が続きます。

体のほうのアトピーは浮き沈みが激しいです。



5年程前の夏は体のアトピーが生まれて1番ひどくなりました。

今まで出たこともなかった足の甲や足のすね、

とにかく全身に症状が出たのです。



それは2カ月程も続きました。

病院に行っても「アトピーの悪化」のひと言。

確かにそうって分かっているんだけど・・・



ほんとにキツかったです。

自分の体を見るのが嫌でした。



この頃には10代の頃と違って

精神的にだいぶ強くなっていたので

こんなにひどくなっても

ひきこもったり仕事をやめたりはしませんでした。



そしてこの頃にはアトピーは一生治らないものと

理解していました。

なのでなんとかうまく付き合っていこうと考えられるように

なっていました。



ちなみにこの頃行った血液検査で

私のアトピーは「重度」

そして名前は忘れましたが

アレルギー性物質に反応する数値が

標準の70倍もありました。



人より70倍もアレル源に敏感なのです。



結果を見たときはしばらくショックでしたが

これは私の体なんだから

認めて受け入れて努力していこうと思いました。



血は変えられないのだから。




6月からは別のバイトを始めました。

特に何事もなく毎日過ごしていました。



この間も薬を毎日塗り続けていました。



そして21歳の冬。

私の人生の転機が訪れました。



今のところ、もしひとつだけ人生の転機を決めろと言われたら

この年が私の転機だと思います。



それは「名古屋に働きにいく」



この年の初めから私の拠点は

一気に名古屋に移ったのです。



そしてOLという仕事も初めて経験したりしました。

初めての彼氏もでき恋愛をしました。

まだ化粧とは無縁の毎日でした。



22歳も終わりに近づいた頃

ひとつの記事を目にしました。



名古屋の金山にあるサロンの

アトピー治療の記事です。

病院ではなくサロンです。

今も広告を出しているサロンです。



そこは薬を完全に断ち切ろうとゆう方針で

アトピーやニキビの治療をしているところでした。



話を聞きに行きました。

光の光線みたいなものをあて

肌を根本から治していくみたいな治療です。



ただ莫大なお金がかかります。

私個人のお金では到底無理で親に相談しました。



なんとか許可をもらい

申し込みに行き

「とにかく今日から今まで使っていた薬を一切使わないでください」

と言われました。



そして2日後、4年間毎日薬を塗っていた私の顔は

パンパンに赤く腫れあがりました。

ちょっと誰だか分からないくらいに。



鏡を見るのが嫌で嫌で

明るい場所に出るのが嫌で嫌で

人前に出るのは絶対に嫌でした。



リバウンドは思っていたよりもひどく

自分で触っても気持ち悪いくらい

顔中にアトピーが出て

顔中できものでぼこぼこでした。



洗顔するときに顔を触るのが本当に嫌でした。

私はどうなるのだろうと思いました。



治療に通うときは電車で行っていました。

いつも深く帽子をかぶり

ホームで電車を待っている時も

電車の中もずっと下を向いて

誰とも目が合わないようにしていました。



電車が大嫌いでした。

電車の中は明るいから。



この治療に集中するため仕事は全部辞めました。



半年程この治療をしていました。

この治療にかかったはっきりとした金額は知りません。

何百万かと思われます。

長い間、親に返済していたのを覚えています。



自宅用の器具も買ったりしましたし。



なぜ辞めたかというとお金が続かなくなったからと

ここ最近目立った変化が見えなくなっていたからです。






四国から帰ってきてアトピーが抑えられた私は

念願の服のショップで働くことになりました。



嬉しくて嬉しくて。



肘や膝の黒ずみは治っていなかったけど

季節は10月。

冬物の販売だったので問題なしでした。



仕事は本当に楽しかったです。

服に関わる仕事はとてもやりがいがありました。

ひとりで店を任されることも増え

責任感も増していきました。



5月。

私は泣く泣く店を辞めました。



夏服の販売時期になり

半袖の着用を義務づけられたからです。



そんなことで?と思われるかもしれません。



でも私にとってはそんなことではなく

重要なことでした。



今の私からしたらもちろんそんな些細なことです。



だけど19歳の私は違ったのです。



絶対に見せたくなかった。

黒ずんだ肘の裏を。



そして大好きな仕事を辞めました。

アトピーのために辞めました。

泣きました。



しょうがないアトピーだから。

自分に言いました。



またひとつあきらめることに慣れました。



弱すぎる私でした。










新幹線の駅まで母親が送ってくれました。

1人で新幹線に乗るのも

遠出するのも四国に行くのも

すべてが初めてでしたが

私は希望に満ちあふれていました。



確か1週間の滞在予定だったと思います。

帰ってくる頃にはアトピーが治って

違う世界が待っていると思っていました。



この頃の私はまだアトピーが完治する病気だと

思っていたのです。



新幹線の次は船に乗り換えでした。

多分その四国に行くアトピーの患者さんが多いんでしょう。



私の寝ていたベッドの脇には

アトピーの人特有の「皮」が落ちていたりしました。



ベッドはカーテンで仕切られているので

顔は見えませんが

夜中にぼりぼりかく音や

「かゆいか?大丈夫か?」などの会話も聞こえました。



私はもう早くついてほしい一心でした。



宿はまあまあきれいなところで食事もおいしかったです。

泊まっている方は全員その病院に通う

アトピー患者なので

すぐ仲良くなり孤独感もなく合宿自体は楽しかったくらいです。



合宿といっても1日に1度お迎えのバスに乗って

みんなで病院に行くだけで

あとは自由なのでみんなでお買いものをしたり

カラオケに行ったりもしました。



そうゆうストレスがないということも

アトピー治療にはとても大切だと思います。



病院の治療はとゆうと短い診察の後は

「薬塗り部屋」というのに移動します。

そこにはビニールの手袋した看護婦さんが

思いっきり薬を塗ってくれます。



茶色い甘い香りのする薬や

透明のワセリンみたい薬。



アトピーの重さによって分けられていました。



私は肘膝首の裏や顔が重だったのですが

その看護婦さん達は

全身に塗ろうとしてきました。



1度もアトピーの出たことないキレイな肌の部分にまで。

私はあせって「塗るのはこことここだけにしてください。」と

お願いしました。



特に嫌な顔しずにその通りにしてくれました。



だけどそこは異様な感じでした。

ほぼ裸で全身に薬を塗られている人。



症状のひどい人には薬を塗った後

かかないように全身包帯でぐるぐる巻きにされる。

安全な薬だと本で言っておきながら

手袋をしながら薬を塗る看護婦。



少し恐怖を感じましたが私には他に頼るものがなく

アトピーが治るならと言い聞かせました。



3日目には嘘みたいに

肌が普通に戻っていました。

(薬が効いている間は)



治療といっても毎日薬を塗るだけだと分かり

私は予定よりもだいぶ早く帰ることを決めました。



1度診察してもらえば

薬は通販でも買えることが分かったので。




最後の日の夜は仲良しになった人達がお別れ会をしてくれました。



それから4年間。

私は毎日その病院の薬のお世話になるのです。



少しの疑問を持ちながらも

他にいい治療法も特に見つけられずに

薬を塗り続けてしまいました。



確実にステロイドが入っていたと思います。



でなければあんなにすぐに症状が引く訳がないし

薬をやめた後あんなにリバウンドがくる訳もないからです。







その本はタイトルなどはすっかり忘れましたが

四国にある病院が出版している本でした。



その本にはいかにもな魅力的なことが

たくさん書いてありました。



その病院に行って薬をもらうと

軽い人で2~3日、全身に症状が出ているような重い人でも

1か月以内にはキレイに治ってしまうとゆうことが

写真つきで載っていました。



そして早く治したいのであれば

その病院と提携している宿(いくつかあって選べる)に

合宿のように何日か泊まり

集中的に治すのを推奨すると書いてありました。



今思うと少しあやしい内容ですが

当時の私にはとても魅力的な内容に思えたのです。



その本を買って帰りました。



行きたいと思っていたのですが

専門学校をお金がないと断られた思い出が頭の中にあり

どうせこのことを話して行きたいと言っても

お金がないと言われて終わると思って

言いだせませんでした。



そして8月頃なぜか顔にどっとアトピーが出ました。

かきすぎて傷みたいのも顔にできました。



私は決心しました。

親にお願いして四国に行かせてもらおうと。



このままダラダラ毎日を過ごしていても

私は終わりだと思いました。



母親がアトピーに効くとゆう病院に

連れていったりしてくれたりもしましたが

結局ステロイドを処方してくれるだけ。



ステロイドの常用の怖さは本で読んで重々分かっていました。

だけど高校生の頃から仕方なく使っていました。



その四国の病院の薬はステロイドを使用していないと

書いてありました。

(結局は使用していたのですが)



9月。

行くことになりました。